2015-01-01から1年間の記事一覧

小説『木馬! そして…』20.

12.いつかきっと… オッパイを飲み終わった赤ん坊が望の脇で、天使の顔で眠っている。その安らかな顔を、望は愛おしく見つめている。 (じぶんはこの子を、どうしたいと思ったのだろう?) 望が妊娠に気づいたのは、五ヶ月を過ぎてからだった。間抜けと言…

小説『木馬! そして…』19.

『ニッカバーサヨリ』に、その夜からニューフェースが登場した。 内心、料金の二割アップが凶と出ないか心配していたサヨリだったが、結果は、無用な心配だった。(受け過ぎだよ)と、ヘソを曲げたくなるほどだった。なじみ客の中には、新参の娘を一目見るな…

小説『木馬! そして…』18.

11.ばかやろう!「あんた、どこへ行くの?」 髪をてっぺんでぎゅっとしぼり、早採りのタマネギみたいな頭をしている黒いドレスの女だった。手には風呂桶を持ち、石鹸の匂いを漂わせていた。 「行く宛て、あるの?」 「…」 「やっぱりね。家出だろう? 判…

小説『木馬! そして…』17.

10.戻りのない旅立ち 昭和三十年四月二十八日の夕ぐれ時。 「わたし、お金を盗みました」 派出所にヌ〜ッと入って来た女が、大原巡査の前でそう言った。 「えっ、何? どうしたって?」 定年間近の大原巡査は、まゆ毛を八の字にし、耳を突き出して聞き返…

小説『木馬! そして…』16.

赤ちゃんが救急治療室に運び込まれた。 「お母さんは廊下でしばらくお待ち下さい」と、若い看護婦がそう言い残して治療室に駆け込んで行く。 「いえ、あの、わたしは…」と言い掛けたが、ドアがバタンと閉まってしまい会話にならない。困った顔で美佐江を見る…

小説『木馬! そして…』15.

9.祠の前で 母と子は、浜辺に沿って歩きはじめた。陽光を受けた砂の上の貝殻が白く光る。波間に漂うユリカモメの白い羽も光っている。浜に寄せ来る波頭も白い。さっきまでは気づかなかった白いものが、いくつも佐代の目に飛び込んで来た。置き忘れていたも…

小説『木馬! そして…』14.

美佐江の退院から十日ほどが過ぎたころ、佐代は美佐江の手を引いて、幸子がまだ居るかも知れない病院を訪れた。 受付窓口に向かう途中で声が掛った。 「あら〜あ、古澤さんじゃない」 走り寄って来たのは看護婦の山田良子だ。 「ああ、ご無沙汰しています」 …

小説『木馬! そして…』13.

8.謝罪とお礼 幸子の大切な木馬を盗んだことで、佐代の胸に針が刺さった。幸子の顔を見るたびに、刺さった針が意識のツボをギリギリ責める。 (痛い! 苦しい!) あまりの痛みに堪えかねて、佐代は病院のパートを辞めた。 そうなることは自明の理。判り切…

小説『木馬! そして…』12.

7.この子にも 木馬の「幸せちゃん」が消えて、幸子は大層悲しんだ。 もうひとり、木馬の「幸せちゃん」が消えたことで、幸子も驚くほど悲しんでくれた人がいる。おそうじのおばちゃんだ。「困ったわねえ」「困ったわねえ」を繰り返した。 「おばちゃん。そ…

小説『木馬! そして…』11.

翌日、幸子の部屋を山田が覗くと、古澤佐代が回収しかけたゴミ箱を手に、幸子をじっと見つめている。 「あら古澤さん。どうしたの?」 「あっ、山田さん。ちょっと見て下さい。さっちゃんのくちびる」 「くちびる?」 山田もベッドに寄って幸子を見た。 「く…

小説『木馬! そして…』10.

6.消えた木馬 幸子は函館の病院に送り込まれた。心臓は動いていたが意識はなかった。 こんこんと眠り続ける幸子の枕もとには、木彫りの馬が置かれていた。新聞に「奇跡の木馬」と報じられた馬である。 「これが、この子の命を救った奇跡の木馬か。新聞にあ…

小説『木馬! そして…』9.

とても小さなログハウスの喫茶店。そこのマスターが掘る木馬を、幸子が欲しいと言い出した。「う〜ん」とマスターは思案顔。 「木馬を譲って頂くことに、何か問題でもありますか?」とお父さんが訊いた。 「うん。問題ありだね。在庫が切れちゃっているのね…

小説『木馬! そして…』8.

5.奇跡の木馬 昭和二十九年九月二十五日。 早朝、台湾の東の海上で北東に進路を変えた台風十五号は、ほとんど一直線に進んで、二十六日午前二時ごろ九州の大隈半島に上陸した。その後、四国・中国地方を斜めに横切り、スピードを上げながら日本海へと突き…

小説『木馬! そして…』7.

4.真実の灯り 元町あかりの告白は、それなりの反響を呼んだ。テレビのワイドショーや週刊誌、スポーツ紙の芸能面などが、こぞって取り上げたからだ。しかし、その扱いは興味本位に走るものが多かった。一部の週刊誌などは、「捨てられていた絹のハンカチ」…

小説『木馬! そして…』6.

6. 宿直明けの朝、美佐江は理事長と共にテレビ番組『わたしの宝物』を見た。その中で、親交のある元町あかりが、自身の生い立ちの秘密を明かした。美佐江にとっても初耳だったし、思いも寄らなかったことである。だけど美佐江の関心は、それとは別なものに…

小説『木馬! そして…』5.

3.黄色いリボン 四方を林に囲まれた函館市郊外の私立の児童擁護施設『コスモスの家』。 理事長の月丘恵子は、普段はほとんど見ることのないテレビに電源を入れた。『わたしの宝物』という番組を見るためだ。 月丘理事長は、かつて孤児院の院長をしていた。…

小説『木馬! そして…』4.

みゆうの青春は〝労働〟の文字で埋め尽くされた。 苦節十五年。溜めるつもりの苦労ではなかったが、結果としてお金が溜まった。 みゆうはそのお金で、北海道札幌市の北の外れにある小さな農場を手に入れた。三十歳のときである。何のゆかりもない遠い地を選…

小説『木馬! そして…』3.

2.しんせん農場 札幌駅から学園都市線で北へおよそ三十分。広大な石狩川が望める位置に女性ばかりの農場がある。無農薬、有機農法による野菜作りをしていて、直売のほかにインターネットでの受注販売も行っている。ただし、販売のみを目的としているわけで…

小説『木馬! そして…』2.

2.「わたくし、去年のこの日に決めたことがあるんです」 「一年前に決めたこと。どのようなことでしょう?」 「つぎの誕生日が来たら、あることを打ち明けよう。そう決めたんです」 「そして迎えたその日がきょう…」 「そうです。その日がついにやって来た…

ブログ小説『木馬! そして…』1.

ブログ小説『木馬! そして…』 人は愛情なくして生きられない。自分が生きているということは、自分では思ったこともない人たちからの、陰での支えを受けているから─。……かねこたかし1.女優の告白 那須高原のハーブ園『ハーブランド那須』の四月の朝。 「…

ナナカマドの仲間たち 最終回

23.ナナカマドの仲間たち 太洋と再会したあの日からきっかり二カ月後の10月16日。わたしたちはとんぼ沼のほとりに集結した。 里江は、北海道の女満別空港から仙台空港経由でやって来た。「何よ、その荷物! まるで地球の裏まで行くみたい!」と光子が…

ナナカマドの仲間たち 22.

22.それぞれの想い◎里江の話。 『前略。きょうは時候のあいさつ抜きで本文に入ります。一刻も早く、感動の出会いを里江ちゃんに報告したいので─。ほんとうは、すぐにも電話でと考えましたが、それは思いとどまりました。電話よりも、手紙の方がよいと思っ…

ナナカマドの仲間たち 21.

21.八つの星を一堂に 上空を、大きな鳥がゆったりと舞う。尾が台形で、羽の先に白い模様が見える。トンビのようだ。 「ゆったりと、おだやかな舞いだねえ。うん、あれが生きてるものの舞いなんだなあ」 人生のほとんどを企業人として走り続けた信之の、ど…

ナナカマドの仲間たち 20.

20.ナマリ色の足 どこから来たかと問う光子に、男は、ふり向きもせずポツリと答えた。 「海の方から」 どこか無礼な感じだが、光子には、それを気にする様子が見えない。 「こちらは初めてですか?」 「いや」 光子が推理探偵のような言い方をした。 「む…

ナナカマドの仲間たち 19.

19.とんぼ沼のほとり あれから六十年が経った平成26年8月16日。 あの日の荒くれがウソのよう。とんぼ沼はおだやかに、青い空をその水面に映していた。 武、光子、信之、わたしの四人は、とんぼ沼のほとりに立った。十年目となる節目ごとに、仕事の都…

ナナカマドの仲間たち 18.

18.村のやつらのバカッタレーッ! 昭和29年10月2日。太洋は一ヶ月半ぶりに退院した。 その日の来るのを首を長くして待っていたのは、太洋であり、おれたちであり、太洋のお母さんだ。母親がわが子のケガの回復を待ちわびたのは当然だけど、やつのお…

ナナカマドの仲間たち 17.

17.ほんものの船長 おぼろだった太洋の意識は、二日ほどで元に戻った。 頃合いを見て、おれたちは太洋を見舞った。おれたちには、どうしても聞いておきたいことがあった。なぜ太洋が、あれほどまでして常男を救おうとしたのか? あのときのおれたちは、自…

ナナカマドの仲間たち 16.

16.刑事が太洋を! 遭難から三日後の8月19日、常男の葬儀が行われた。 もちろん、おれたちも参列したが、そこに太洋の姿はない。やつは病院のベッドの中。意識をなくして眠っている。意識が戻る保証もない。 常男の葬儀だから常男がいないのは当然だが…

ナナカマドの仲間たち 15.

15.にわかの荒天 さあ出航。全員、所定の位置に着いた。きょうは本番に備えた練習だけど、いざ漕ぎ出すとなると、本番さながら胸の血潮が騒ぎ出す。 「じゃあ、行くぞ。ゆっくりでいいからな。せーのーっ」 船長のかけ声に、信之と常男が唱和する。それに…

ナナカマドの仲間たち 14.

14.『深山流艇八星号』 その日の午後、おれたちのイカダがとんぼ沼に浮かんだ。自然の中にあって、自然から得た自然の申し子のようなイカダ。サギ湖の競技会に出るどんなイカダよりもかっこいい─と、おれは思った。 三本のつかまり棒の後方の一本には、旗…