2015-01-01から1年間の記事一覧

『ねんねこ半纏』

『ねんねこ半纏』 「綿入れ」で想い出すのは、どてら、ちゃんちゃんこ、半纏…。大方の人が何より懐かしく思うのは、ねんねこ半纏ではないだろうか。 先日、『おぶわれ体験談』という書き込みを読んだ。「お母さんの声が耳からではなく、おぶってもらっている…

『蒸気機関車』

『蒸気機関車』 明治五年に新橋で第一声を上げて以来、たゆまぬ努力で走り続けた蒸気機関車。昭和二十一年には五、九五八の車両が日本中で活躍していた。 蒸気機関車に始めてぼくが乗ったのは信州に疎開した時らしいが、二歳児にはその記憶がない。僅かに憶…

『ちゃぶ台』

『ちゃぶ台』 食事はこの絵のように一家で囲むイメージが強いが、それは大正デモクラシーを経て昭和に入ってからのこと。それ以前の日本では、個々に〝銘々膳〟と呼ばれる個別のお膳で食事をしていた。東京生まれのぼくは、小学校に上がる昭和二十四年四月の…

懐かしの昭和20年代

『はじめに』 ぼくは、子どもの頃、別けても小学時代(昭和二十四年四月入学〜三十年三月卒業)のことが、何から何まで懐かしい。貧しかったが、貧しさそのものまで懐かしい。 父の休みは、月ごとの一日と十五日。あとは正月三が日だけだった。その年間三十…

『小さなうそ』その16

景子先生の視線が、ゆきえから児童たちに戻された。 「お母さまに代わって電話口に出た水之江さんのお父さまが、おっしゃいました。あしたにでも、つまりきょうのことですけど、学校に電話するつもりでした─と。柴山君のこと、とても心配していらして、必要…

『ちいさなうそ』その15

石黒先生は続けた。 「とにかく先週は家出。きょうは仮病。あっちへふらふら、こっちへふらふらと、恥らいを知らん恥っかきだ。このままでは、この世に生まれた意味がない」 じぶんの児童の登校拒否がよほど不愉快だったのだろう。純一に対する石黒先生の言…

『小さなうそ』その14

「友美、日本からお手紙よ」 お母さんが一通の手紙を持って、友美の部屋にやって来た。 「だれから?」 「河原崎さんって書いてあるけど」 「河原崎さん?」 友美は手紙を受け取って、差出人の名前を見た。 「ああ、ゆきえさんかあ。ほら、矢口町小学校で同…

『小さなうそ』その13

「空を見てごらん」と、おじいさんが言った。 言われるままに空を見た。 「大きいだろう。どこまでも澄んでいるから青い。太陽があるから明るい」 「…」 「真田の絵には、いつも太陽が描き込まれていた。こんな雄大な空のもとに生きていながら、地球の小さな…

『小さなうそ』その12

一時間後、純一はお台場にいた。 (やっぱり来ちゃった) じぶんのことなのに、そんなふうに思った。 この日も新都市交通『ゆりかもめ』を利用したが、下車したのは『台場』の一つ先の『船の科学館』。何となく足を伸ばしただけ。科学館に入るつもりはなかっ…

『小さなうそ』その11

おじいさんはこのあとも、絵の基本についていろいろ話した。 「うん。陰は一気に彩色すると言ったけど、その彩色も、遠くの陰から始めることだ」 「水面の陰は筆を左右に動かしながら、ぼかしぎみにな。ほら、こんな具合にだよ」 「波の様子は、白や青の線を…

『小さなうそ』その10

台場は人気の観光スポットだが、ウィークデーの朝ともなれば、さすがに人はまばらである。純一は、磯辺のプロムナードをゆっくりと歩いた。 水上バスの発着所を過ぎると、左手に人工の砂浜が広がった。ユリカモメの一群が波間でプカプカただよっている。 右…

『小さなうそ』その9

区の広報誌の担当者が、絵の写真を撮りに来る日─。 その朝、純一は登校しなかった。最初は登校するつもりだった。いつものようにランドセルを背負って家を出た。ランドセルを背負うと頭がズ〜ンと重くなる。原因は判っていた。教室に入るのがこわいのだ。教…

『小さなうそ』その8

明日は、区の広報誌担当者が絵の写真を撮りに来る。 純一は水之江友美を思い浮かべていた。友美は真実を知るただ一人の人である。大きく育ってしまった〝小さなうそ〟の苦しみを、判ってくれる人がいるとすれば、それは友美でしかない。 (水之江さんがこの…

『小さなうそ』その7

(このままでいいのか? だまっていていいのか?) 純一の心は、日に日に重くなってゆく。あと一ヵ月半もすれば、広報誌が区民すべてに配られるのだ。水を含んだ砂袋を背負わされた思いがした。 『ココロ』の絵に金賞のリボンがつけられてから十日が過ぎた。…

『小さなうそ』その6

九月二十六日金曜日。 夏休みの作品展。全校生徒の工作と絵が講堂いっぱいに展示された。最優秀賞には金色のリボン、優秀賞には銀色のリボン、努力賞には赤いリボンがつけられている。 純一は講堂に入ると真っ先にあの絵をさがした。絵はすぐに見つかった。…

『小さなうそ』その5

二学期が始まった。 最初の登校日、クラスのみんなは、夏休みの思い出話を山ほど抱えてやって来た。武藤基代は「家族でサイパンへ行って来たの」と言ったし、高井豊は「夏祭りのおみこしに、氏子代表で乗ったんだぞ」と自慢した。ほかにも「星空の下でキャン…

『小さなうそ』その4

友美がニッコリうなずいた。 「いいわ。取り引き成立ね。でも、ジュンちゃんはもう一枚描くことになるわよ。宿題の絵、わたしがもらっちゃうんだから」 「描くことないね。トモちゃんの絵におれの名前を書いて出せばいいんだもん」 スラスラ言えたじょうだん…

『小さなうそ』その3

小一時間が過ぎたころ、「はい、これでよし」と友美が筆を置いた。 「ジュンちゃん、描けた?」 「うん。ほとんどね」 「わたし完成よ」 純一が首を伸ばして友美の絵を見た。 「へ〜え。うまいじゃん」 「いいわよ。おせじ言わなくても」 「おせじじゃないよ…

『小さなうそ』その2

友美はココロを芝生に下ろすと、家から持参したビニールシートをサルスベリの木陰に敷いた。 純一が絵の道具を手にしてもどると、友美はシートのとなりを差して言った。 「ほら、ジュンちゃんもすわれるわよ」 「えっ? あっ、うん」 純一は、ココロの首にリ…

児童小説『小さなうそ』その1

「まあ、かわいい」 ふり返ると、朝顔のからまるフェンスごしに、水之江友美が立っていた。白いブラウスに落ち着いた色合いのスカート。短めの髪が夏空の下では清々しい。手に画板を下げている。純一は照れながら、子犬をだいて立ち上がった。 「生まれたば…

小説『木馬! そして…』最終回

「驚きました。運命の女神は、一途に願う人を助けるのですね。愛さんのもっとも古い過去を知る人が、この場にいらしたなんて」 そう言ってから、月丘恵子はハマさんを見た。 「こうなってしまったら、浜松さん、ダメと言ってもわたしが言います」 ハマさんが…

小説『木馬! そして…』29.

18.あなたが! マイクロバスがポルケーノハイウェイを下っている。日帰り湯からの戻り道だ。 「とってもいいお湯。泉質もよかったけど、温泉が渓谷の流れの中というのにはびっくりでしたよね」 「ええ。川そのものが温泉だなんて、さすがは那須。大感激で…

小説『木馬! そして…』28.

17.母である重さ「身から出たサビと申しましょうか、わたしには、とてもつらい日々がありました」 古澤佐代の話は唐突だった。 「このたびの旅行、娘が月丘先生にお伴をして元町さんの別荘へ伺うと言うではありませんか。その目的を詳しくは存じ上げませ…

小説『木馬! そして…』27.

「本日は、お忙しい中、ここにこうしてお集まり頂き、ほんとうにありがとうございました。浜木先生と若島さんには、まだ申し上げてありませんでしたけど、じつはこの集まり、わたくしにとって長年のユメでした。ユメのきっかけは、今年四月のテレビ番組『わ…

小説『木馬! そして…』26.

16.ざんげの旅「あらためまして、皆さま、ようこそお越し下さいました。わたくしは、いつかこの日の来ることを待ちこがれていたのでございます。そして、ついにこの日が来たことを、心の底から喜ぶものでございます。と申しますのも、わたくしを支えて…い…

小説『木馬! そして…』25.

元町あかりの那須別荘の玄関前。そこに横付けされたマイクロバスの運転席から山ちゃんが飛び出すと、ゲストのエスコートにまわった。 「はい、足もとに気をつけて下さい。慌てなくていいですよ。ここは標高六百五十メートルですが、息苦しくはないですか? …

小説『木馬! そして…』24.

15.別荘にて 平成二十一年十月三十一日。土曜日。 那須連山の紅葉は終わったが、ふもとの色づきはいまが盛りだ。赤や黄色に染まった林を抜けると、大きな空が頭上に広がる。そこに北欧風のおしゃれな館がある。元町あかりの別荘だ。いつもはひっそりたた…

小説『木馬! そして…』23.

23. 幸子は確信の目で頷くと、その目を木馬から元町あかりに移した。 「確かに、これは当時の木馬に間違いないと思います」 「よかった。木馬の持ち主さまが見つかって。わたくしが、いまこうしていられるのは、この木馬のお陰です。言い換えますと、香川…

小説『木馬! そして…』22.

14.恩人はどこに… 平成二十一年五月二十三日。 「世間は広いようで狭いと申しますけれど、こんなに近くにいらしたなんて。ここが北海道ならいざ知らず、半分はユメ気分で参りました」 「はい。ほんとうに驚きました。歩いても三十分と掛らないところに、…

小説『木馬! そして…』21.

13.わたしの子じゃない! 望はくたびれ果てていた。アパートを出て最初の二日は木賃宿に泊まったが、そこでお金が底をついた。 この二日間、望は託児所、保育所、介護ホーム…と、乏しい知識の中から思いついた施設のすべてを、片っ端から訪ねて廻った。わ…