小説『木馬! そして…』25.

 元町あかりの那須別荘の玄関前。そこに横付けされたマイクロバスの運転席から山ちゃんが飛び出すと、ゲストのエスコートにまわった。
「はい、足もとに気をつけて下さい。慌てなくていいですよ。ここは標高六百五十メートルですが、息苦しくはないですか? そんなわけないですよね」
 おかしなことを言いながら、最初のゲストを車外に導いた。
「いらっしゃい、お母さん」
「こんにちは。とうとうはるばる来ちゃいましたよ」
 元町あかりの孤児院時代の院長先生・月丘恵子。いまは函館市郊外の私営の児童擁護施設『コスモスの家』の理事長をしている。つまり、幼児だった元町を里親となって迎え入れてくれた第二の母だ。
「お疲れだったでしょう? ごめんなさい。こんなところまでお呼び立てして」
「確かに遠いけど、わたしはここがはじめてではないから。それに若い大平さんがお伴をしてくれましたからね」
 続いて降りたのは大平美佐江。月丘理事長の『コスモスの家』で保育士をしている。
「わたし、若くはないですよ。あと二年で還暦ですから。それは先生よりは若いですけどね」と言ってから、元町に向かって、「わたしも来ちゃいました」と言った。
「いらっしゃい、大平さん」
「ラッキーでしたよ。先生のお伴を申しつけられなかったら、那須には一生来られませんもの」
「そう言って下さると嬉しいな。ゆっくりなさってね」
「はい、ありがとうございます」
 大平美佐江のつぎにバスを降りたのは、三十代と思える男性。
「こんにちは。お招き頂きまして。星川一馬です」
「まあ、星川さん。元町あかりです。お電話では、いろいろとありがとうございました」
「どういたしまして」
「こんな遠方まで、わがままを言ってすみません。北海道から栃木の山の中まで大変でしたでしょう?」
「ええ、大変でした。ただし、遠いからではありませんよ。みんなから妬まれちゃいましてね。だって、天下の元町さんから招待状を頂いたんですからね」
「まあ、お上手。奥さまとかお仲間は?」
「わたし、まだ独身です。それと、仲間にはこんないい思いをさせたくありませんから一人で来ました」
「まあ、おもしろいことを。お電話でのこと、あとでゆっくりお聞かせ下さい」
「分かりました」
 星川一馬のつぎは六十代の前半と思える女性。
「坂本幸恵です。本日はお招きに預かりまして…」
「元町あかりです。ようこそお越し下さいました」
「来てしまってよかったのかどうか…」
「何をおっしゃいます。ゆっくりなさって下さいね」
「ありがとうございます」
 つぎに年配の女性が三人降りた。それを見た元町が(あらっ?)という顔をした。声をかけた覚えのない人たちだったからだ。
「ごめんなさい」と言ったのは、先に降りていた大平美佐江だ。
「こちらの三人は那須温泉を楽しもうという別口の団体さんなんです」
「はあ?」
「ご心配なさらないで下さい。那須のホテルが予約してありますから。ご紹介しますね。こちら、わたしの母です」
「あらまあ、そうなんですか。元町あかりです。ようこそ那須へお出掛け下さいました」
「はじめまして。美佐江の母でございます。美佐江がお世話になっているそうで、どうもありがとうございます」
「とんでもない。函館に行くたびにお世話になっているのは、わたくしの方ですわ。とてもよいお友だちなんですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
 美佐江の母は、くどいくらいに頭を下げた。
「それと、こちらは札幌で『愛の里しんせん農場』を運営されている浜木みゆう先生です」
「まあ、あの農場のことなら存じ上げておりますよ。世のため人のためとなる立派な農場なんですもの」
「恐れ入ります」
「母は、いまその浜木先生の農場にお世話になっているんです」
「そうだったんですか」
「浜木先生は、じつは、この那須のご出身なんですよ」
「あらあら、お仲間でしたか」
「はい。三十で札幌に農場を立ち上げるまで、この地で過ごしました」
「ときどきはこちらへ?」
「いえ、はじめての里帰りです。ええ、何十年ぶりになりましょうか。どこもここもきれいになって、びっくりしているところなんです」
「そうでしたか。これからは那須の先輩として、よろしくご指導お願いいたします」
「ご指導だなんて。お仲間として、よろしくお願いいたします」
「そのお隣が、札幌と函館で高級料理店を経営されている若島さんとおっしゃいます。長年、浜木先生の農場の食材を使われている、しんせん農場の良き理解者です。わたしが那須に行くと言ったら、母も行きたいと言い出し、それを聞いた浜木先生が、『あそこはわたしのふる里なの』って。そしたら、たまたまそこに若島さんもいらして、『いい機会だから、みんなで那須の紅葉を楽しみに行きましょうよ』って、話がトントン進んじゃったんです。今晩、わたしもこちらのグループに合流することにしているんです」
「合流って、大平さんのベッドは、ここにご用意してあるんですよ」
「でも、母もいますから。三人は今からホテルに向かうんですけど、一目だけでも元町さんにご挨拶をと、ここまで乗せて来て頂いたんです。運転手の方が、このあとホテルまで送りますっておっしゃって下さったものですから」
「あら、水臭い。いまの話、聞いていらしたでしょう? 浜木先生とは、もうお仲間になっていますのよ。那須の大先輩ではありませんか。しかも、大平さんのお母さままでいらっしゃるじゃないですか。そうそう。今晩のディナーは職人さんに来て頂いて、地元食材も使っての寿司懐石をご用意しているんです。寝具も間に合いますから、皆さんも、ぜひご一緒して下さいまし。ホテルの方は、わたくしどもの方からキャンセルの報を入れておきますから。ぜひそうなさって。せっかく皆さんご一緒にいらしたんだし、ねっ」
「でも、そんなご迷惑なこと…」と尻込みする三人に元町は言った。
「人数だったら想定ずみですよ。何人増えてもいいように、お昼はバイキング。夜はいまも言ったように、職人さんに来てもらっての寿司懐石。最初から人数に幅を持たせてあるんです。お昼のランチテーマは『秋の那須高原テーブル』ですよ。どうです? おいしそうでしょう? さあさあ、中へ皆さん、どうぞどうぞ」
 元町が大手を広げ、まるでニワトリでも追うように、ゲストたちを玄関内へと案内した。
 突然の誘いに二人のゲストはギリギリまで尻込みしたが、大平美佐江の母だけは、何度もペコペコしていながら、それほど拒むふうではない。運転手の山ちゃんが、そんな老女を印象深く眺めていた。(続)