2015-07-01から1ヶ月間の記事一覧

小説『木馬! そして…』20.

12.いつかきっと… オッパイを飲み終わった赤ん坊が望の脇で、天使の顔で眠っている。その安らかな顔を、望は愛おしく見つめている。 (じぶんはこの子を、どうしたいと思ったのだろう?) 望が妊娠に気づいたのは、五ヶ月を過ぎてからだった。間抜けと言…

小説『木馬! そして…』19.

『ニッカバーサヨリ』に、その夜からニューフェースが登場した。 内心、料金の二割アップが凶と出ないか心配していたサヨリだったが、結果は、無用な心配だった。(受け過ぎだよ)と、ヘソを曲げたくなるほどだった。なじみ客の中には、新参の娘を一目見るな…

小説『木馬! そして…』18.

11.ばかやろう!「あんた、どこへ行くの?」 髪をてっぺんでぎゅっとしぼり、早採りのタマネギみたいな頭をしている黒いドレスの女だった。手には風呂桶を持ち、石鹸の匂いを漂わせていた。 「行く宛て、あるの?」 「…」 「やっぱりね。家出だろう? 判…

小説『木馬! そして…』17.

10.戻りのない旅立ち 昭和三十年四月二十八日の夕ぐれ時。 「わたし、お金を盗みました」 派出所にヌ〜ッと入って来た女が、大原巡査の前でそう言った。 「えっ、何? どうしたって?」 定年間近の大原巡査は、まゆ毛を八の字にし、耳を突き出して聞き返…

小説『木馬! そして…』16.

赤ちゃんが救急治療室に運び込まれた。 「お母さんは廊下でしばらくお待ち下さい」と、若い看護婦がそう言い残して治療室に駆け込んで行く。 「いえ、あの、わたしは…」と言い掛けたが、ドアがバタンと閉まってしまい会話にならない。困った顔で美佐江を見る…

小説『木馬! そして…』15.

9.祠の前で 母と子は、浜辺に沿って歩きはじめた。陽光を受けた砂の上の貝殻が白く光る。波間に漂うユリカモメの白い羽も光っている。浜に寄せ来る波頭も白い。さっきまでは気づかなかった白いものが、いくつも佐代の目に飛び込んで来た。置き忘れていたも…

小説『木馬! そして…』14.

美佐江の退院から十日ほどが過ぎたころ、佐代は美佐江の手を引いて、幸子がまだ居るかも知れない病院を訪れた。 受付窓口に向かう途中で声が掛った。 「あら〜あ、古澤さんじゃない」 走り寄って来たのは看護婦の山田良子だ。 「ああ、ご無沙汰しています」 …

小説『木馬! そして…』13.

8.謝罪とお礼 幸子の大切な木馬を盗んだことで、佐代の胸に針が刺さった。幸子の顔を見るたびに、刺さった針が意識のツボをギリギリ責める。 (痛い! 苦しい!) あまりの痛みに堪えかねて、佐代は病院のパートを辞めた。 そうなることは自明の理。判り切…