2015-10-01から1ヶ月間の記事一覧

『小さなうそ』その11

おじいさんはこのあとも、絵の基本についていろいろ話した。 「うん。陰は一気に彩色すると言ったけど、その彩色も、遠くの陰から始めることだ」 「水面の陰は筆を左右に動かしながら、ぼかしぎみにな。ほら、こんな具合にだよ」 「波の様子は、白や青の線を…

『小さなうそ』その10

台場は人気の観光スポットだが、ウィークデーの朝ともなれば、さすがに人はまばらである。純一は、磯辺のプロムナードをゆっくりと歩いた。 水上バスの発着所を過ぎると、左手に人工の砂浜が広がった。ユリカモメの一群が波間でプカプカただよっている。 右…

『小さなうそ』その9

区の広報誌の担当者が、絵の写真を撮りに来る日─。 その朝、純一は登校しなかった。最初は登校するつもりだった。いつものようにランドセルを背負って家を出た。ランドセルを背負うと頭がズ〜ンと重くなる。原因は判っていた。教室に入るのがこわいのだ。教…

『小さなうそ』その8

明日は、区の広報誌担当者が絵の写真を撮りに来る。 純一は水之江友美を思い浮かべていた。友美は真実を知るただ一人の人である。大きく育ってしまった〝小さなうそ〟の苦しみを、判ってくれる人がいるとすれば、それは友美でしかない。 (水之江さんがこの…

『小さなうそ』その7

(このままでいいのか? だまっていていいのか?) 純一の心は、日に日に重くなってゆく。あと一ヵ月半もすれば、広報誌が区民すべてに配られるのだ。水を含んだ砂袋を背負わされた思いがした。 『ココロ』の絵に金賞のリボンがつけられてから十日が過ぎた。…

『小さなうそ』その6

九月二十六日金曜日。 夏休みの作品展。全校生徒の工作と絵が講堂いっぱいに展示された。最優秀賞には金色のリボン、優秀賞には銀色のリボン、努力賞には赤いリボンがつけられている。 純一は講堂に入ると真っ先にあの絵をさがした。絵はすぐに見つかった。…

『小さなうそ』その5

二学期が始まった。 最初の登校日、クラスのみんなは、夏休みの思い出話を山ほど抱えてやって来た。武藤基代は「家族でサイパンへ行って来たの」と言ったし、高井豊は「夏祭りのおみこしに、氏子代表で乗ったんだぞ」と自慢した。ほかにも「星空の下でキャン…