『アメリカザリガニ』

アメリカザリガニ
 赤くて大きな爪を持つこの生きものを、ぼくたちは「エビガニ」と呼んでいた。イセエビにも似た立派な見栄えなのに、投棄物の多い不潔などぶ川にも居て、例えるなら、我楽多車庫に真っ赤なポルシェが置かれたような風景であった。
 アメリカ原産の外来種で、日本に移入されたのは昭和二年のこと。ウシガエルの餌用として鎌倉の食用蛙養殖場に二十匹持ち込まれたのが最初だとか。その後、養殖池から逃げ出した個体が全国にまで分布域を広めた。ぼくの誕生より高々十五年前にやって来たものが、早くも全国の舞台を踏んでいたことに驚く。
 かつてザリガニ釣りの経験した仲間は多い。高校時代の仲間たちは「餌としてスルメを使った」と言っていたが、彼らは都会の坊ちゃんばかり。ぼくは〝食べられるスルメ〟で〝食べられないザリガニ〟なんか釣らない。手掴みで充分捕獲出来た。
 今〝食べられない〟と書いたが、それは日本人の嗜好にザリガニが馴染んでいないだけのこと。海外においてはフランス料理、中華料理の高級食材だし、アメリカのルイジアナ州では郷土料理とされている。当時そういうことを知っていたら、貧困のわが家のエンゲル係数引き下げに、少しは貢献してくれたかも知れない。