『お正月』

『お正月』
 何となく、今年もよい事ある如し。元旦の朝晴れて風無し─(石川啄木)。この人までもがそう謳ったお正月。子どもが冷静でいられるわけがない。商店街に最初の松飾りが立った瞬間、ぼくの心は正月色に染め抜かれた。口を突くのは ♪もういくつ寝るとお正月…(唱歌『お正月』)。いつだって、無意識の中から飛び出る歌だった。
 元旦の朝は、明けやらぬ前から目が覚めた。毎年ではないけれど、枕元に新しいジャンバーが置かれていたりすると、もう堪らない。寝返りをわざと何度も繰り返し、ついには「ねえ、もう起きてよ」と一家の起床を催促した。
 起きて冷水で顔を洗う。この日ばかりはキッパリ洗う。食卓膳に全員揃って「おめでとうございます!」。「お餅は幾つ?」と母が訊く。ぼくと兄は大抵「三つ」と答え、父は大抵「五つ」と答えた。母手作りのおせちを食べ、お雑煮を食べ、いよいよ手にしたお年玉。四年生の時は五十円だった。相場より少なかったが、何となく、それがわが家の額だと納得していた。
 駄菓子屋が開くのを待って、ぼくはその全額で武将絵の六角凧と、相当長めの糸を買った。凧は数日後に糸が切れ、探索空しく寒の風に乗って消えた。