『ヘップバーン刈り』

『ヘップバーン刈り』
 昭和二十九年の夏、日本列島の若い女性の髪形が一気に変わった。その年の四月に映画『ローマの休日』が公開され、アン王女を演じた新人女優オードリー・ヘップバーンのショートカットに魅了されたのだ。ある銀行では、十八人の女性行員中十二人が、ある朝一斉にヘップバーン・カットで出社したそうだ。「みんなでやれば怒られない」と示し合わせての行為だった。
 前年の「真知子巻き」もあったから、ぼくは流行に乘る女性たちを少し引いた目で見ていた。だがオードリーの写真を見て気を誘われた。茶目っ気の中、どこか愁いを帯びた美しさ。床屋の待合で見た雑誌『明星』の写真から、目を放すのが容易でなかった。だけど彼女の真の魅力を知ったのは、それからずっとあと。晩年の彼女は、飢餓で苦しむ子供たちのために情熱を注いだ。残した幾多の言葉も心に染みる。
「魅力的な唇のためには、優しい言葉を紡ぐこと。愛らしい瞳のためには、人々の素晴らしさを見つけること」
「スリムな体のためには、飢えた人々と食べ物を分かち合うこと。豊かな髪のためには、一日一度、子どもの指で梳いてもらうこと」etc.