『裁縫』

『裁縫』
 ぼくと同世代の友人らに、「子どもの頃に見た母親の日常の一コマを写真に残すとしたら、どんなシーン?」と尋ねたら、諸々出たけど、絵になるのは「陽だまりの縁側で裁縫している姿」ということに納まった。
 目を閉じると、そんなシーンが浮かぶ。縁側には座布団。座布団の下に差し込んであるのはくけ台。脇に火鉢。鏝が挿してある。反対脇には針箱。針箱の上蓋を開けると針刺しがあり、各種の縫い針、待ち針が刺さっている。針箱の下は引き出し。中には糸、指貫、ヘラ、握り鋏、褄型など。鯨尺は、ぼくがチャンバラによく使った。
 簡単なほころびの繕いやボタン付けなどでは、今でも針仕事があるだろうけど、当時の量は半端ではない。年寄りは大抵着物だったし、亭主族は仕事から戻ると着物に着替えた。寝間着、綿入れ、炬燵掛け…。どれもこれもが針仕事の対象だった。
 母は縫物の最中、針をよく頭に持って行った。髪の油で針の通しをよくするなんて知らないぼくは、誤って針を頭に刺しはしないか、いつもハラハラ眺めていた。
 裁縫で想い出すのは、わが友M君。クラス一のお大尽で、遊びに行ったある日のこと、ぼくのお尻の接ぎを見て、「ぼくもこれ欲しい!」と大泣きしてお母さんに訴えた。