『ガリ版』

ガリ版
 ガリ版とは、正しくは謄写版。ロウ引きの原紙をヤスリ盤に乗せ、鉄筆でガリガリ文字を書く。書き上がった原紙を印刷版に乗せて、上からインクを塗ったローラーを転がせば、原紙の下の紙に印字出来る。ぼくの小学時代、先生たちが作るテストや教材は、すべてガリ版印刷だった。先生たちの黒いアームカバーが目立つようになり、独特のインクの臭いが職員室前に漂い始めると、ぼくはテストを予知して萎えた。
 自分たちでガリガリ作った中学一年時のガリ版刷り文集が、六十余年を経て尚、ぼくの手許に有る。今めくると、時代が見えて可笑しい。
 例えば社会科見学のA君の感想文に、「日比谷の交差点の自動車にはおどろいた。まったく数え切れないほどの自動車だ。よくまあ集まるものだ。いったいどこからあんな自動車が来るのか想ぞうがつかない」とある。これ、東京の生徒の文章だから可笑しい。B子さんは校外教授で大磯に行き、「海についてからの私たち女子はスカートをぬいで、シミーズとブラウスで海に入りました」と書いている。『私の家』というC子さんの作文は、「家の中は三畳と四畳半です。家がなくてガードの下でくらしている人もいる。そういう人を見ると自分はずいぶんぜいたくだと思う」─と。