『囲炉裏』

『囲炉裏』
 囲炉裏は、日本の伝統家屋に欠かすことの出来ない〝火の座〟だった。暖を取る。煮炊きをする。計画停電の夜長は採光を取る。かまどや火鉢への種火も取る。薪から出る煙は、家屋の防虫性や防水性も高めてくれた。何よりの恩義を上げるなら、家族集結の場になっていたということだろう。
 ぼくの疎開先(信州)にも囲炉裏があって、食後の団欒の場になっていた。煤けた天井から自在鉤が下がり、大きな鉄鍋が掛かっていた。鉄鍋の中は主食のすいとん。来る日も来る日もすいとんだったから、これには相当閉口したが、囲炉裏の在る風景だけは、なぜか心に沁みて残る。囲炉裏への愛着は、母や兄にもあったように思う。例えば、川田正子の『里の秋』がラジオから流れ出すと、その場の会話は自然と止まり、全員歌に聴き入っていた。
  静かな静かな 里の秋 お背戸に木の実の落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人 栗の実煮てます いろりばた
『冬の夜』も聴き入る曲だ。
  囲炉裏火は とろとろ 外は吹雪