『自転車の三角乗り』
『自転車の三角乗り』
三角乗りとは、ハンドルの軸棒とサドルを繋ぐパイプの下の逆三角形の空間に片足を突っ込んでペダルを漕ぐ乗り方。子どもが大人用自転車に乘る場合、普通に跨いだのではペダルに足が届かないから、この乗り方をするしかなかった。
自転車は高級な乗り物で、どこの家にも有るというものではない。だけど、小学三年のぼくは、何としても自転車に乗りたかった。乘れるようになって、『青い山脈』の杉葉子演じる寺沢新子のように、多摩川の土手を颯爽と走りたかった。
目を付けたのは父の勤務先の自転車。父は毎日昼食を摂りに戻って来るので、食事中だけという約束を取り付け、三角乗りの練習を始めた。
当時の自転車はリヤカーを引くのにも使ったぐらいで、その分、ガッシリしていてズッシリ重い。子どもが支えるだけでも大変なのに、尚大変だったのは、逆三角形の空間に店のブリキ看板が取り付けてあったこと。足を突っ込むスペースが下半分だけである。でも、これでやるしかない。母が後ろを支えてくれた。
一週間後、「わ〜っ、やったやった!」と母が叫んだ。ぼくはヨロヨロと走ってから、赤チンだらけの足を地面にドンと着いてふり返った。最高に幸せな一瞬だった。