『バナナのたたき売り』

『バナナのたたき売り』
 わが町の駅前通りには、毎週土曜日に夜店が出た。屋台、テント、敷物一枚…と、出店スタイルは様々だが、それが駅から左右に百店以上かそれ以下か、とにかく延々連なるのだ。毎週という頻繁なサイクルを考えると、香具師の皆さんにとって、わが町はそれなりに旨味のある商いの場だったのだろう。
 ぼくも毎週出掛けたが、ただ売るだけの店はチラリと見るだけ。足を止めるのは、売り手の口上やパフォーマンスが楽しめる店だ。例えば、毒蝮三太夫みたいな顔の毒消し売りが自分の腕をパ〜ンと叩き、「こいつをハブに咬ませる、咬ませる」と言いつつ、待てど暮らせど咬ませない。それはそれで、嘘っ八の羅列が面白かった。
 バナナの叩き売りは、売り手と買い手の攻防が、見もの聴きものだ。
「どうだいこの房、何十本だか数え切れない。でっけえしょ。こいつを締めて只の八百! えっ、ダメ? ダメかあ。よし、清水の舞台からピョンと飛び降り六百! あらっ、それでもダメ? しみったれた町だなあ。これじゃ俺んとこのカカアが納まらねえぞ。え〜い、持ってけドロボー五百両ぽっきだ!」
「買ったーっ!」の声が掛かる。当時はそれがサクラとは知らなかった。