『手押しポンプ井戸』

『手押しポンプ井戸』
  朝顔やつるべとられてもらひ水
 元禄の俳人加賀千代女の句は有名だが、その頃に「井戸端会議」という言葉も生まれたらしいから、千代女も井戸端での世間話に加わっていたかも知れない。
 千代女の時代は「つるべ井戸」だが、ぼくらの時代は「ポンプ井戸」。把手を上下に漕いで水を汲み上げた。冬温かく夏冷たいのが井戸水。遊び回ったあとの炎天下の校庭で、頭からザブザブ、喉にガブガブ。これで生き返れた。いくら頑張ってもスカスカと空回りして汲み上がらない事もあったが、そんな時は〝迎え水〟を流し込んだ。
 つるべがポンプに変わっても、お母さんたちの井戸端会議は続いた。トニー谷の子が誘拐されたとか、マリリン・モンローヤンキースジョー・ディマジオと新婚旅行でやって来たとか、三面記事の拡散は毎朝のこと。だけどあれは、近隣のコミュニケーション保持に大層役立ったと思う。非常用・緊急災害用として、井戸端会議華やかなりし頃の共用井戸が、今もあれば役立つのに…とぼくは思う。インターネットでのチャットだったり、一方的な囁きだったりと、かつてのような生身で向き合える場が今の世の中には無さ過ぎる…とも、ぼくは思う。