『縁台将棋』

『縁台将棋』
 ぼくらの世代の父親たちは、仕事の帰りが早かった。通勤が徒歩であったり自転車だったりと、多くが職住接近だったからだ。夏は、帰宅して風呂なり行水なりでサッパリしてからでもまだ明るい。そんなときに始まるのが縁台将棋。
 縁台将棋に付きものは、お節介な野次馬。始めた途端にウジの如く湧いて出て、頼みもしないのに「あ〜だこ〜だ」と口出しを始める。「ほれ、馬が跳べばいいんだよ」とか「角の頭に歩打ちだろう」と、名人ぶった口利きが多い。
 野次馬は判官びいきを気取って劣勢側に加担したがるが、負けると「弱過ぎるんだよね、あんたは」などと、不適切だった自分のアドバイスを棚に上げて敗者を腐す。
 指し手と助っ人に力量の差があるかと思えば、そうではない。翌日には立場を替えて、昨日の敗者が助っ人になり「そこは銀打ちだろう」などと知ったかぶる。
 縁台将棋に突出した強者はいない。強過ぎると誰も相手をしてくれないし、適格なアドバイスは、ヘボ同士の遊びを壊すことになるから歓迎されない。
 ステテコやゆかた姿が消えて日が短くなると、ヘボ将棋も静かに消えて、来年の自然発生を待つことになる。まあ、蠅や蚊のサイクルと思えばよい。