『氷冷蔵庫』

『氷冷蔵庫』
 昭和28年を俗に「電化元年」と呼んだ。その時点での電気冷蔵庫の普及率は10パーセントそこそこ。主役の座にいたのは氷冷蔵庫だった。
 氷冷蔵庫は上下に扉がある木製。上の扉に氷を入れ、下の扉に食品類を入れる。こうすることで湿った冷気が下に流れ、食品の冷蔵を保つという仕組み。効果は氷が溶けるまで。「それでは殆ど用を成さない」と、当時を知らない人は思うだろう。だがコンビニもスーパーも無く、冷凍食品など無い。主婦は食材を毎日買いに出ていた時代のこと。保存効果の短さを、それほど問題とはしていなかった。そもそも、ビールやスイカは井戸水をたらいに汲んで冷やすものだと思っていたし、アイスキャンディーは、溶ける前に食べ終わるものだと思っていた。
 当時のぼくに至っては、冷蔵庫そのものの存在さえ知らなかった。ある日、お手伝いさん(当時は「女中」)のいるクラスメート宅に遊びに行き、そこで出された真夏のスイカがギンギンに冷えていることに仰天した覚えがある。
 その氷冷蔵庫、寿命は長くなかった。神武景気が白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫の『三種の神器時代』を運び込み、その陰となって静かに消えていった。