『七輪』

『七輪』
 太陽が西の空で赤みを帯び出すと、広場で遊びまくっているぼくたちの影が、分刻みで伸び出す。民家の二階よりも高い建造物は火の見櫓ぐらいだったから、伸び切ったときの分身(影)の頭は、何メートルもの先に達する。
 職住接近が当たり前の時代は夕飯が早い。遊びの影が伸び出すと、煙に運ばれて、さまざまな匂いが漂い始める。正体は、玄関前に持ち出された七輪の上のサンマ、イワシ、メザシ…。鍋での煮炊きを屋外の七輪でやる家もあった。
「あっ、おまえんちサンマ!」
「いいなあ。よっちゃんち、またカレーだよ」
 食生活が筒抜けだけど、それを隠すことは出来ないし、隠そうともしない。干物のニシンやスルメを笑う者もいなかった。
 電化・ガス化で家庭での利用は稀となったが、あの赤膚色した珪藻土で作った七輪は、断熱性が高いのに本体は焼けない。持ち運びに便利。赤外線の発生量が多くて熱効率が高く、燃料の節約にも繋がる──と多くの利点を持つ。今はすべてがスイッチ・オン。便利だけど、昭和世代の身としては、どこか寂しい秋風を感じる。