『DDT』

『DDT』
 戦後しばらく、ニッポンは蚤や虱の天国だった。
「蚤の夫婦」「蚤の息さえ天に昇る」「蚤の頭を斧で割る」「蚤の小便蚊の涙」「蚤も殺さぬ」─と、故事ことわざへの登場頻度からしても、蚤がぼくたちの生活に身近過ぎる寄生虫であったことが分かる。教室に居ても、誰かの衣服から蚤がピョンと跳ねて出たり、女の子の髪の中では虱たちがかくれんぼをしていたり。蚤を捕まえたら、猿のように爪を使ってプチンと潰す。「人の猿真似」か「猿の人真似」か、元祖不明。
 蚤や虱のあまりの多さに音を上げたのはGHQ。「息の根を止めてやる!」と、アメリカから持ち込んだ有機塩素系の殺虫剤を、米軍機から市街地に散布する乱暴極まる荒業までやってのけた。その殺虫剤というのがDDT。
 ぼくたちの学校にも白い上っ張りのおじさんたちがやって来て、頭からシュッシュとDDTを吹きかけおった。えらいことをするもんだ。山間奥地から離島に至るすべての児童が、分け隔てなく頭からDDTを浴びせられた。
 結果としてそれなりの成果はあったらしいが、自然環境への悪影響が明らかとなったことで、日本での使用は一九七一年に禁止された。