『旅芸人』

『旅芸人』
 昭和二十年代後期にテレビが登場するまでが、旅劇団(いわゆる「ドサ廻り一座」)の黄金時代だった。
 ぼくたちの町にも年に一度ぐらい、初見の劇団が巡って来た。その中に『秋月正二郎一座』というのがあって、有名でもないだろうに、なぜかその名は未だぼくの記憶に刷り込まれている。チャンバラ劇団で、『鯉名の銀平』だったか『浅太郎月夜』だったか、主役の渡世人がチンピラやくざをコロコロと斬りまくっていた。
 小さな劇団だから切られ役は忙しい。斬られて「わーっ!」と叫びながら楽屋に倒れ込んだかと思うと、ペラ一枚着替えて出て来て、再び肩口に一太刀浴び、「くそーっ!」とか叫びながら楽屋に転がり込んで行く。どんなに頑張っても、拍手喝采を浴びるのは主役の座長。「菅の三度に風避け合羽、ドスを抱き寝の旅鴉…」などと格好をつけられると、なぜか痺れて鳥肌が立つ。
 ぼくたちのクラスに旅芸人の子が転入して来たことがある。おとなしい男の子だった。小屋掛けだから、一度小屋を張ると一カ月は公演が続く。その一カ月が過ぎ、彼は静かに転出して行った。淋しい風がさわりと吹いた。