『蠅捕りリボン』

『蠅捕りリボン』
 食品を扱う商店には付き物だった蠅捕りリボン。目立って多かったのは魚屋だ。天井から何本ものリボンが下がり、それを縫って飛び回る蠅たち。ゲームなら最高のスリルだろうが、うっかり触れてしまえば地獄に落ちる。そう思って見ていると、情が移り「そこはまずいぞ!」と叫びたくなる。
 店頭の地べたには、円型の蠅捕り網が置いてある。中に魚の粗が入っていて、それを求めて蠅たちが入る。ところがこいつはマジック構造。一旦入ると出られない。閉じ込められた蠅たちが、不帰の空間でわんわんと舞う。
 蠅捕りリボンが髪に絡んで「困った」「泣いた」という話は、クラスの女の子から何度か聞いた。髪が届く低位置に、あんなものがぶら下がっているとも思えない。おとなしく見える童女たちも、家では蠅の如く舞っていたのだろう。
 宮本武蔵が飛ぶ蠅を箸で掴んだと聞き、「止まっている蠅なら…」と試したことがある。結果は言わずもがな。長じて武蔵の五輪書を読んだら、「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」とあった。そりゃ千日も万日も稽古をすれば、結構なことが出来るだろう。七十有余年、鍛錬無き己を憂う。