『五徳』

『五徳』
「五徳猫」という妖怪がいる。江戸時代の画家鳥山石燕が描いたもので、頭に五徳を冠し、火吹き竹で囲炉裏の火を熾している二本の尾を持った猫のこと。地味に見える五徳だけど絵の題材となったのは、その当時、火回りの主役だったからだろう。
 五徳の歴史は古い。形状には変化がみられるが、現在の形は、桃山時代千利休の指導下で茶釜などの開発にあたっていた釜師たちが生み出したもの。
 それにしても「五つの徳目」とは大層な命名だと思ったが、敢えて吟味してみると、その名に恥じない活躍があった。
 例えば正月。居間の火鉢の五徳の上にお雑煮の鍋が運ばれる。網を乗せて餅を焼く。海苔を炙る。やかんを乗せてお茶を飲む。埋火にして汁粉をとろとろと温める。親戚がやって来ると、やかんに徳利を入れて新年の交歓に入る。
 五徳の相棒は火箸、灰ならし、炭とり箱(炭斗箱)、火熾し、台十能、火消し壺など。その親玉的存在が火鉢。実家で五十年前まで使っていた火鉢が、現在のわが家の庭に鎮座している。先日廃品回収のオジサンが塀越しにギロリと見て、「それ使ってるの?」と訊くものだから、「毎日使ってる」と答えておいた。