『君の名は』

『君の名は』
「忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」
 小学生には難解なナレーションだったが、番組の凄さは知っている。これが始まると、壁一つ隔てた女湯が妙に静まり返ったものだ。
 空襲の夜、後宮春樹と氏家真知子は数寄屋橋での再会を約して別れる。そこからの物語が菊田一夫の真骨頂。恋しくも会いたくも、すれ違いを重ねるばかり。「ああもどかしい」「ああ切ない」と日本列島、女の吐息と溜め息ばかり。
 翌年には映画化されたが、後宮春樹を佐田啓二が、氏家真知子を岸恵子が演じたことで人気の上にも人気が重なり、佐渡、雲仙、北海道…。すれ違いの場となったロケ地は、何処もたちまち観光バスの立ち寄りスポットになった。気の毒なのは、佐田啓二高橋貞二とともに『新・松竹三羽烏』と称されていた川喜多雄二。浜口勝則という憎まれ役を引き受けたばかりに、人気がパタリと止まってしまった。
 主題歌も大当たり。子どもまでもが「き〜みの名〜は〜」と織井茂子ばりに口ずさむのは戴けなかった。〝真知子巻き〟も大流行。若干無理を感じるおばちゃんたちも、気持ちは岸恵子だったと思う。