『割烹着』

『割烹着』
 炊事、洗濯、掃除、針仕事…。わが家の頼もしい守護神は、何をやるにも身を割烹着に包んでいた。
 割烹着は「郷愁」のつるべと言える。手繰ると割烹着から、続々と萬の郷愁が連なって浮かび上がる。手拭い、姉さんかぶり、着物、足袋、下駄、たらい、洗濯板、洗濯石鹸、目には見えないけど、アカギレやシモヤケまでがこの一枚の絵から甦る。
 ぼくの幼少時、母の割烹着のポケットには、よく揉んだ新聞紙が何枚も入っていた。鼻垂れ息子の鼻をかむためだ。それがまた当時の子どもは、ぼくに限らずズルズル鼻をよく垂らしていた。大概袖口で拭くものだから、誰の袖も乾いた鼻水でゴリゴリしていた。
 母は、ぼくの鼻が出たと見るや頭を抱え込み、ポケットから例の手製チリ紙を取り出して「はい、チ〜ンして」とやった。手製チリ紙は揉んでも痛くて嫌だった。
 やがて自分で鼻をかむようになった頃、鼻紙は灰色っぽい低級のチリ紙に変わった。復興の槌音が高まり出した時代だった。