『そば屋の出前』

『そば屋の出前』
 疎開先から東京に戻った時、まず驚いたのは第二京浜国道の幅の広さだ。(当たり前だけど)「うわーっ、車がいっぱい通ってる!」と驚嘆し、「これじゃ渡れない!」とオロオロした。
 初めて見た東京には、他にも驚くことが山ほどあって、そば屋の出前もその一つ。高々積み上げたせいろや丼を、片手で支えて自転車スイスイ。あんな技があるなら何もそば屋をやらなくても…と、本末転倒の感想を持ったりもした。出前はバイクに替わったが、間もなくドローンに替わるかも…。発展が「技」を一つ一つ消してゆく。
 ところで、当てにならない喩えに「そば屋の出前」というのがある。あの喩えは正しい。ぼくは長いものが大好きで、そば、うどん、スパゲティー、ラーメン、きしめん、ひやむぎ…みんな好き。だから現役時代の昼食に、そば屋からの出前をよく取った。ところが、なかなか来ない。電話を入れると、「今出るとこです」と言う。その時点で本当に出たなら、もう来てもいいのに来ない。また電話する。「もう着く頃です」と言う。その「もう着く頃です」と言った本人が、「お待ちどうさま〜あ!」と明るい声でやって来たことがあった。断じて行う信念は尊敬に値する。笑うしかなかった。