『火吹き竹』

『火吹き竹』
 疎開先の家には、土間に大きなカマドがあった。炊飯・煮物の一切がカマド。燃料は山から切り出した薪。火つけにはスギの枯れた葉や皮を利用していた。
 この火付けに欠かせなかったのが火吹き竹。竹筒の一端から息を吹き込むと、先端の節穴から息が風となって送り込まれ火が熾る。疎開から戻った東京のあばら家もカマドだったから、ここでも火吹き竹にはお世話になった。
 ある大雪の深夜、玄関のボロ戸を叩く者がいる。親父が出ると、ゾロリ外人男女の五人連れ。目の前の京浜第二国道は、雪に覆われ通行不能。車が一台停まっている。
事情が読めた親父は、外人らをボロ家に入れた。しかし余分な布団はない。ぼくも起こされ、一家の布団すべてを彼らのために提供した。布団三枚に男女五人の抱き寝である。親父は部屋を暖めようと、七厘に炭をくべて火吹き竹でフーフーやった。湿った炭が煙を吐く。外人さんらは咳とくしゃみで、朝までヒーヒー泣いていた。
 一週間後、見たこともないハム、コンビーフ、チョコレート、チューインガム…などが山ほど届いた。わが家が貧しかったことは確かだが、あのモクモクの煙がそれを殊更強調した結果かも知れない。〝火吹き竹効果〟とでも言うべきか。