ナナカマドの仲間たち 12.

12.イカダ作り始まる

 つぎの日から、冒険団のイカダ作りが始まった。最初は素材集めから。
 積み上がった流木の中から、まっすぐで太さが一定のものを選び出した。それをロープでくくり、水路伝いにとんぼ沼のほとりまで運ぶ。言葉にすると一口ですんでしまうが、この作業には丸二日かかった。
 三日目からは本体の製作。幸い源治の父ちゃんは大工さんだから、ノコギリ、ナタ、ノミなどの道具類一切は、源治が父ちゃんのものを借りて用意した。
 最初は、集めた丸太から余分な枝葉を取り除く作業。枝葉が取り除かれたら、丸太の長さを等分に切りそろえる作業。イカダの長さを約三メートルとし、それに満たないものは、二本合わせて三メートルになるように調整した。
「さあ、組み立てに入るぞ」
「待ってましたーっ」
 ここまで来ると、だれの心も一直線。目を閉じれば川の先に海が見える。
「切りそろえた丸太をここに並べろ」
「はいよ」
「ほい、さっさ」
 丸太を組み合わせて、カスガイや針金、ロープなどで固定してゆく。
「おい信之、そっちの丸太は足りているか?」
「だいじょうぶだ、うん」
「ロープは解けないようにガッチリ締めろよ。少し水を含ませた方が固くしばれて安全だぞ。ほら、ミッコ、もっと力を入れてしばれよ」
「これ以上力が出ないわよ」
「武よりは、おまえの方が強いじゃねえか」
「強いのは頭の中身よ。バカぢからはあっち」
「ちぇっ、おれをコケにしやがって」と口では言うものの、武もけっこう楽しそう。
「太洋、こっちはこんなもんでいいか?」
「ああ、それでいい。常男の方は固定できたか?」
「いまやってるとこ。でも、手が痛くてさあ」
「あんたは、すぐ泣きごとを言い出すんだから。ほら、どきなさいよ、あたしがやるからさあ」
 里っぺは、ポンポン口で言うわりに、できの悪い弟を持つ姉さんみたい。その場その場で、ふできな常男を支えている。
「よ〜し。こっちはこれで完了だ。吉松の方はどうだ」
「こっちもオーケーね」
 タテ三メートル、横二メートル。待望のイカダが組み上がった。
「つぎは何?」と源治が聞けば、「つかまり棒」と太洋が答える。
「つかまり棒? それって何だ?」
「川下りは、ゆるやかな流ればかりじゃない。勾配のきつい所や川幅のせまい所では、急流になったり激流になったりする。そんなときのために、つかまり棒が必要なんだよ。ふり落とされて激流にでも飲み込まれたら、命の保証がないからな」
「ふ〜ん」
 説明を聞けば納得。すぐさま、つかまり棒の設置作業にかかった。つかまり棒の数は三本。イカダの中央ラインにそって立てることにした。棒の太さは約五センチ。それを差し込む穴だから、くり抜き作業はかなりきつい。手本を示すのは大工の子の源治だ。
「いいか。ノミとトンカチはこう使うんだ。よく見とけよ」
 ガンガンガン…と打ちふる手並みは、さすがにあざやか。
「うまい、うまい」とほめ続けていればよかったものを、常男が「声優より大工になりなよ」と言ったものだから、ポイッとノミを投げ出してしまった。
「バカ常、余計なこと言いやがって」
 そこからは、全員汗みどろの交代作業。長さ一メートルのポールが三本立つまでに、ざっと三時間かかった。
 流木集めから四日目。われらがイカダは、ついにその本体の完成を見たのである。
「ポールが三本立っただけで、安定感がド〜ンと増した感じね」
「うん、悪くないできだ」と、大工のせがれも満足そう。
「上等上等。われながらあっぱれだ」と言ったのは常男。
「われながらって、おまえ、何したの? 余計なことを言った以外は、ほとんど里っぺの隣で見てただけじゃねえの?」と武が茶化すと、「おれだってやったよ!」と、常男がボーイソプラノを張り上げた。
「ほらほら、そんなにキーキー言わないの。おまえは村のおぼっちゃまなんだから、もっとおっとりしてりゃいいの。ご先祖さまはご家老なんだし」と源治がとりなしたが、こんなとりなし方でも常男は収まるから世話がない。
「どう? 太洋くん」と、里っぺが感想を求めた。
「まずまずだな」
 おれたちの中には、やつを頼り過ぎることへの抵抗感が少しばかりある。かっこ良過ぎることへのやっかみでもある。それなのに、太洋のお墨付きが出たりすると、何となくみんなはホッとする。
「これですべて完了だな」
 草むらに腰を下ろし一息入れようとした源治に、太洋があっさりと言った。
「本体だけはね」
「本体だけはって、まだ何かあるのか?」
イカダをどうやって進めるつもりだ?」
「流れに乗せるだけだろう。浮かべてやれば、自然と海に行き着くんじゃねえの?」
「そうよね。つかまり棒もあるんだし…」
 ミッコの気持ちがみんなの気持ち。笹舟だって川面に浮かせてやるだけで、あとは流れが運んでくれる。
 ところが太洋は、あきれ顔で「まったく、もう」と言った。
「陸上だろうが水上だろうが、動く乗りものにはブレーキ、アクセル、ハンドルがあるだろう。イカダの場合のそれが櫂だよ。櫂がなかったら、イカダは岩に激突したり、カーブを曲がり切れず陸地に乗り上げたり、農水路に流れ込むことだってある。櫂も持たず海へなんか、とてもじゃないが行き着けないよ」
「ふ〜ん。ブレーキ、アクセル、ハンドルねえ」
「おっしゃる通りでやんすなあ」とおれたちは、海の男に降伏した。
「ねえ太洋くん。一応聞いておくけど、この櫂作りが最後の最後よねえ」
「うん」
「ホッ」
 水かき(櫂)作りが始まった。ほどよい長さの竹ざおを六本切り出し、それぞれの先にキリと針金を使って、水をかく板をくくりつける。六本というのは、漕ぎ手が左右に三人ずつという想定だ。
「残る二人は交代要員」と源治は説明したけれど、じつは、いざというとき常男をあてにしなくてもよい体制。そう思っていないのは、当の本人だけである。
「ジャンジャカジャーン! ついに完成!」
 六本の櫂を仕上げ、イカダのすべてを点検・補修し、正真正銘、源治が最後の作業の終了を宣言したのは、作業開始から五日目を迎えた昼前のことだった。
 おれたちは「たかがイカダ」とは思っていない。八人を二百キロ以上も先の海まで運ぶスーパー艇だ。運行距離からしても、村のおんぼろバスの何十倍。比べものにならない。それを作り上げた達成感は相当なものだ。
 信之が一歩前に出て、長老づらして言った。
「みなの衆、栄えある水上艇の完成を祝おうかのう」
「おう、祝え!」
「うん。ではバンザイ三唱を。せーのう!」
 おれたちは、声高らかに唱和した。
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
 みんなの顔がまぶしい。