ナナカマドの仲間たち 10.

10.ナナカマドの木の下に

 一夜が明けた、朝九時の秘密基地。
 ミッコは家から消し壺を抱えて来た。武はスコップ、おれはクワ。常男は、自分の家の山からナナカマドの苗木を一本掘り出して来た。里っぺは、特大のビニール袋を三枚。信之は、特に決めてなかったけれど、自発的にナフタリンを持って来た。
 想い出や夢を書いたワラ半紙は全部で十六枚…と思ったが、常男の二枚は高級和紙。
「おまえねえ、ここで目立ったからって意味ねえじゃん」
「いいじゃない。想い出が残るわよ。『やっぱり常男は、昔からこうだったんだな』って、開けたときに盛り上がるんじゃない?」
 常男がブータレ顔で里江を見たが、反論はしない。
「ところでおまえ、何書いたの? ちょっと見せろよ」
「やだ!」
「あらっ? 里江ちゃん、一枚は絵にしたんだ」
「うん。これが三十年前の自分の絵かって、一人で盛り上がろうと思ってね」
「太洋は海のこと? それとも山に来てからのこと?」
「全部山に来てからのことだよ。ここにいる八人とハッカケのこと」
「どんなこと書いたの?」
「見せてやるよ」
「ほんと!」
「三十年後にね」
「どたっ」
 十六枚は、一枚ずつ四つにたたんで重ね、ビニール袋に入れた。ワラ半紙の間には、いくつものナフタリンをはさみ込んだ。
 信之は、その束をうやうやしく顔の前に押しいただき、「では三十年後にお会いしましょう」と言った。いつか黄金の花を咲かせることになる十六枚。その〝想い出のタネ〟が、消し壺の中に納められた。
ふたをした壺は、別のビニール袋に入れ、さらにもう一枚のビニール袋の中に収めた。
 未来の世界に送り出す、厳重な旅姿ができ上がった。
「支度完了!」
「いざ、しゅっぱーつ!」
「ヘイヘイホー!」
 おれたちは源治を先頭に隊列を組むと、「ヘッホ、ヘッホ」のかけ声も高らかに、とんぼ沼のほとりを目指した。重い消し壺を抱えているのは源治だ。汗をかきかきガンバっている。だれかに押しつけないのは、(特別なものを持っている)─という誇りみたいなものがあるからだろう。でも、消し壺って重いんだよね。
 源治が足を止めて、ふり返った。顔が汗でテカテカしている。
「このへんでどうだ?」
 選んだのは、とんぼ沼の西側のほとり。村の集落とは反対側に位置していて、ほとんど人影のない場所だ。
「いいんでねえの」と信之が答えた。
「だば、ここに決定! 穴掘り隊、前へ!」
「ヘイヘイホー!」と飛び出したのは武とおれ。武はスコップを、おれはクワを手にしている。
「行くぜえ、相棒」
「ホイ来た、相棒」
 ザクッと武がひと刺しくれて、おれが「そらよ!」と、ひとクワくれる。穴掘り作業が始まった。
 真夏の昼間の作業はきつい。途中で掘り手を交代しながら、直径四十センチ、深さ五十センチくらいの穴っぽこが掘り上がった。
「どうだ、これで」
「ええと思うよ〜う」
「三十年先へのタイムトンネル」
「歴史的穴っぽこ」
「開けて夢咲く玉手箱。うん」
 そうすることが、自分に決められた役割であるかのように、源治が壺を抱え上げると、「では、おやすみなさいませ」と言って穴の中に納めた。
「アーメン」と武が十字を切る。
「バカ、死んだんじゃねえよ」
 締めの言葉は級長さんだ。
「さてみなさん、わたくしたちの想い出が、うん、三十年の眠りに着きます。ふたたび目覚めるとき、想い出はダイヤモンドの輝きを放ち、わたくしたちの感激の涙を誘い出すことでありましょう。うん、それでは時空を超えた別れを惜しみつつ、みなさま、お手を拝借。三三七びょ〜し! イヨォ〜ッ、ハイ!」
 おれたちは乗せられて「シャシャシャン! シャシャシャン! シャシャシャン シャン!」と、派手な手拍子を沼のほとりにひびかせた。
 穴に土をかぶせ終わると、常男が用意したナナカマドの苗木を、そこから右に三メートルほど離して植えた。ナナカマドが根を張っても、掘り起こしの障害にはさせないためだ。
 ナナカマドは、言うまでもなくお宝の位置を示す目印だが、同時にそれは、おれたちの大切な想い出のタネを見張ってくれる番人であり、何より、この八人のきずなを三十年間つなぎとめてくれることになる記念樹なのだ。
「ナナカマドって、どこまで大きくなるのかしら?」
「7メートルから10メートル。ものによっては15メートルにもなるんだよ」
「えっ、常男、よく知ってるなあ」
「父上に聞いたんだ。三十年後の目印として植えるとしたら、どんな木の苗がいいかって。そしたら、目印にするならナナカマドだって。落葉高木だから大きくなる。それに夏の白い花もきれいだが、秋の真っ赤な実ときたら、もう感動ものだからなって」
「いいねえ。ついでに聞くけど、どうしてナナカマドって言うの?」
「知らない」
「それはわたくしが…」
 モノ知り男の信之登場。
「七度カマドに入れても燃えない木…というたとえから生まれたと、うん、この説が有力ですなあ。まあ、それほどに燃えにくい木というわけね」
「ふ〜ん。燃えないほど堅いし、大きく育つし、花も実もきれいだし…三十年後に向けた記念樹としては最高じゃない」
 今植えたのは、まだ一メートルほどしかない苗木だが、おれたちは目の奥に、三十年後の立派なナナカマドを見ている。見上げる大木に、赤い実をいっぱいつけたナナカマド。カプセルはもちろんだが、大きなナナカマドを見るのも楽しみの一つだ。
「ところで、おまえ、手紙におれのことも書いた?」
「教えない」
「源治のことなら、あたしは書いたわよ」
「ミッコが? 何て?」
「すっご〜いこと」
「だから、何て書いたんだよ?」
「教えない」
「あたしも書いたわよ。あんたのことも」
「何て?」
「教えない」
「ちぇっ、分かっているのは、武がミッコのことだけをダラダラ書いたってことだけか」
「うるせえ」
 大イベントを一つすませたおれたちは、意気揚々、秘密基地へと引き上げた。