ナナカマドの仲間たち 9.

9.想い出のカプセル作り

 翌日から秘密基地がたまり場となった。
 時々は昼めしもそこで食べた。昼めしと決めた日は、それぞれが母ちゃんに作ってもらった弁当を持ち寄り、車座になってワイワイ食べるのだ。
 源治のところは麦めしで、畑を持たない太洋のところは、いつもカボチャやイモばかり。でも源治も太洋も、おれたちの銀シャリをうらやんだりしない。源治の麦めしも、太洋のカボチャやイモも、おれたちの銀めしも、みんなで分け合って仲良く食べた。どんなものでも、こういう食べ方をすればうまい。カボチャを苦手にしていた常男が、太洋のカボチャを分けてもらい、「喰えた。これうまいよ!」と叫んだときは、何だかみんながホッコリした。
 秘密基地では、何でもしゃべった。常男のルーツも分かったし、信之のおじさんという人がニューヨークの会社で仕事をしていることも知った。里っぺのじいちゃんは油絵が趣味で、展覧会では何度となく受賞していたことも知った。
 それぞれの夢についても語り合った。
 里っぺは、じいちゃんが成りたくても成れなかった本職の画家になりたいと言った。おれたちは「おまえならなれる」と口々に励ました。里っぺが絵がうまいことは、みんな知っている。たった八人のクラスで一番とかのレベルではない。地区展で金賞。県展でも金賞。おれたちと遊び回っていなかったら、すごいことになると思う。だけど、だれもそれを口にしない。八人のスクランブルの楽しさは、八人だから得られるもの。一人も欠けて欲しくはなかったからだ。
 ミッコの夢は学校の先生。目標は担任の早乙女先生だと言った。心でおれたちと付き合うハッカケみたいな先生になりたいのだ。
 太洋の夢は漁船の船長さん。カツオを追って世界の海を走り回りたいらしい。
 信之の夢は、世界中をかけ回るビジネスマン。「アメリカでは、うん、座布団ぐらいでかいステーキが喰えるし、アフリカではワニのさしみが喰えるし、中国ではサルの脳みそが喰えるから、うん」と言ったけど、あいつらしい冗談だ。
 常男の夢はケーキ屋さん。
「おまえ、ケーキ屋って、ケーキを食べるんじゃないんだよ。作って、それ、自分で食べちゃダメなんだよ。売るんだよ」と武が親切顔で教えたら、「知ってらい!」と、さすがの常男も怒った。
「源治の夢は?」と聞いたら、「笛吹童子」と答えた。
「それはラジオドラマだろう」
「日本国中聴いてるじゃん」
 笑っちゃったね。やつは声優になりたいらしい。
「夢は破れて夢となる」
 信之のこの言葉がよく分からなかったのか、源治はこれに対して何も言わなかった。
 武が「吉松は何になりたいの?」と聞くから、「ここが好きだから、ここで父ちゃんの農業を継ぐ」とおれは答えた。「ふ〜ん」と言ったきり、だれからも反応がなかったのは「つまらない」とか「小さい」とか思ったからだろう。おれは思った。いつか「百姓の中の百姓!」と言わせてやるってね。
 武の夢は聞かなくても分かっている。あいつは、職業を選ぶ以前の大きな希望を持っている。ミッコと結婚すること。でも、このハードルは高い。あいつの不幸を喜んだりはしないけど、多分無理だろうな─とおれは思っている。
 秘密基地での太洋は「おれが、おれが」の源治や武と違い、壁にもたれて、みんなの話を聞いていることが多い。ただし海の話になったときは別。海に話が及ぶと目を輝かせてしゃべり出す。
 おれたちの学校の修学旅行は、六年の秋に組まれている。修学旅行というと観光地を選ぶ学校が多いようだが、おれたちが行くのは新潟の海辺の町。何しろ、それまでのおれたちときたら、家族旅行でもやらない限り、海を見る機会がないのだ。この辺りでは裕福な常男を含めて、太洋以外の七人全部が、まだほんものの海を見ていない。それだけに、太洋が目を輝かせてしゃべる海の話は壮大で、聞けば聞くほど胸がおどった。
「海の一番向こうは水平線だよ。空と結び合って真っ平だから、船がそっちに向かっていると、〝地球のガケから落ちちゃうぞーっ〟って、叫びたくなっちゃうんだ」
「地球の全面積の71パーセントは海なんだよ。だからだろうな。おれはときどき地球の主役は、人間ではなく魚じゃないかと思ったりするんだ。地球上に誕生した最初の生物も、海の中だったと言われているしな」
「海岸には、いろんなものが流れ着くんだ。南の国のヤシの実とか、青い目をしたセルロイド人形とか、英語のサインが書き込まれたボールとか。それが流れ着くまで、どのくらい波にゆられていたんだろう? 旅に出たのは、自分から望んだことだろうか? ふる里に戻りたいとは思わないのか? とかね。漂流物を見るたびに、いろんなことを考えちゃうのさ」
 太洋の話で、おれたちを何よりワクワクさせたのは、やつが拾ったビンの話だ。
「中に紙が入っていたから、取り出したら手紙だった。最初の一枚には、『これは、将来の自分たちに送る、いまの自分からの手紙です。拾った人は、ご連絡を…』なんて書いてあった。手紙は何枚もあって、書いたのは全員小学六年生だった」
「おれたちと同じか」
「書いたときは六年だけど、書いた日付は一年前になっていて、それを拾ったのは去年の夏だから、いまだと中学二年ってことだな」
「どこの学校?」
「高知」
「それってどこだっけ?」
「四国。それくらい覚えておきなよ」とミッコに説教を食らい、「やべっ」と武。ほんとうに言わなきゃよかったと思ったみたい。
「すると、黒潮海流に乗って一年がかりで流れ着いたってことね、うん」と信之。
「そう。海流に乗ったり降りたりしながらね」
「それをおまえ、どうしたの?」
「手紙だけまとめて、その中の一人の住所に送ってやったよ。『海に流しちゃったら、将来の自分に届かなくなるかも知れないから、土に埋めるとかした方がいいですよ』って手紙を書き添えてね」
「いいことしたわね」
「だったみたい。お礼に大きなブンタンが三つも届いた」
ブンタンって?」
「夏ミカンのおばけみたいなやつ。でかいんだよ。一個が常男の頭ぐらいあった。高知県の特産品だってさ」
「もうけたなあ、おまえ」
「ねえ太洋くん。〝将来の自分たちへの自分からの手紙〟って、それ、どんなことが書いてあったの?」
プロ野球の選手となったぼくへ。希望通りの野球人になれてよかったですね。目標はホームラン王。小鶴選手のホームラン記録を塗り替えて下さい─とか、パイロットになれておめでとう。空から見た、ふる里四国の景色はどうですか?─とか。女だと、花屋さんになったわたしへ。あなたは花が大好きでしたから、夢が叶って張り切っていることでしょう。お父さんやお母さんの誕生日とか、お友だちの結婚式とか、きれいなブーケを贈ってあげてね─みたいな感じだな」
「みんな、将来の夢が叶っているんだ」
「決まってるじゃない。夢破れて貧乏しているわたしへ─なんて書けるわけないじゃない」
「でもさあ…」と、おれは言った。
「その手紙、太洋に拾われたからよかったけど、自分から自分に送る手紙なら、何で海になんか流すんだろう?」
「それはだね、うん」と信之が言った。「自分で保管していたら、ただの日記になっちゃうからだよ」
「ああ、そうか」
 おれは納得したが、里っぺは別の見方をした。
「知らない人に読んでもらえるスリルってものがあるからじゃない?」
 でも、この考えは甘いと思う。海に流したものを、だれかが拾うとは限らない。拾ったとしても、太洋みたいに送り届けてくれる人は少ないと思う。そのときだけの遊びに終わることの方が多いだろう。だから、「流しっ放しで終わるんじゃ、ちょっとつまんねえなあ」とおれは言った。
「でも、夢を書くってことには、やっぱり夢を感じるなあ」
 ミッコはそう言ったが、そうなんだ。確かにその気持ちはある。
「ねえ」と里っぺが、何かを思いついたふうに言った。
「さっき、みんなで夢の話をしたじゃない。それが実現したかどうかなんて、二年や三年じゃ分かんないよね。例えば、源治が夢通りの笛吹童子になれたとしてもよ、それは早くて十年以上先だろうし、太洋くんが漁船の船長さんになれたとしても、それもずっと先だと思うんだ。だからさあ、ばくぜんと『将来の自分へ』じゃなくて、『三十年後の自分へ』みたいに、期間を区切った手紙を書いたらどうなの? それも、川や海に流すんじゃなく、確実に見ることができるように、どこかに保管しておくのよ」
「どこに保管するんだ? やたらなところだと、ケツふいて、吉松んとこの畑の肥やしにされちゃうぞ」
「そりゃ源治に預けたら、そうなっちゃうわよ。そうならないためには、太洋くんが言ったみたいに、土に埋めるとかしておくのよ」
「そうね。それいいかもよ。埋めるとしたらどこかしら?」
「とんぼ沼のほとりとかは?」
「ああ、いいわねえ」
 またしても女のペースになる気配。
「うちに、もう使っていない消し壺があるわよ。あれに入れて埋めたらどうかなあ?」
「消し壺かあ。それいいんじゃない? ビニールにくるんで壺に入れておけば、三十年はもつんじゃないかなあ? それを埋めてさあ、三十年後に集まって、それを掘り起こしてワイワイやるの。わーっ、あたしって、こんなこと考えていたんだ─とか、すごい! 太洋くん的中! ほんとうに船長になっちゃったもの─とかね」
「いい! それ絶対だよ、里江ちゃん」
 女同士で話がポンポン進む。
「三十年後のある日、村を出てしまっている人も、全員がそこに集まる。東京に出ていようと、船乗りになっていようと、信之だったら、外国にいたとしても飛んで帰る。ねっ、三十年ぶりに会うだけだって大きな夢の実現じゃない」
 興奮して来た。みんなのひとみも、さっきまでとは違っている。
「大変すばらしい、うん。ただちょっとね…」と信之が言った。信之の得意は、だれかの案にひと味加えて、それとなく自分の存在感を示すこと。きょうもそのつもりらしい。
「三十年後の自分に宛てた手紙だけじゃ、書いた夢が実現していなかったら、『ああ、子どものころは、こんな夢を持っていたんだ』で終わっちゃう。だからさあ、うん、夢だけじゃなくて、ほかのことも書き加えておくんだな、うん」
「例えば?」
「これまでおれたちがやったこと、今やっていること、面白かったこと、悲しかったこと。何でもいいから片っ端から書き込むんだな、うん。夢じゃなくて経験談をね。経験談ならどれも事実なんだから、まぼろしの夢となって消えてしまうことはない。小さなことでも、三十年後には感激の想い出話に育っていると思うんだな、うん」
「おーっ!」
「さっすがーっ」
 信之の案は、おれたちの心にストンと落ちた。想い出は、よほどのことでない限り、時間と共に忘れてしまい、二度と心に宿らない。だけど書き残した想い出なら、風化しないし、時間が経つごとに味わいを増す。早乙女先生と撃ち合ったこと。その結果、先生の歯が欠けて、晴れてハッカケとなったこと。ヘビ獲り競争で、山組が太洋一人にギャフンと言わされたこと。秘密基地を作ったこと。そこに弁当を持ち寄って、分け合いながら食べたこと。将来の夢を語り合ったこと。その語り合いの中から、想い出を詰め込むカプセル企画が誕生したこと。とにかく、思い出すまま何でもかんでも書くだけでいい。それらがやがて、何ものにも代えがたい七色の宝石に変わるのだ。
「絶対やろう!」と常男が叫んだ。
「おもしれえ!」
「いっぱい書こうよ」
「三十年後が待ち遠しいな」
「武、おまえミッコのことばかり書くんじゃないぞ」
「バカ言うな」
「赤くなってらあ」
「うっせー!」
 里っぺと信之のミックス・カプセル案は、全員の賛同を得て、はなばなしく成立した。
「よ〜し。きょうは解散だ。家に帰ってお勉強! 想い出でも夢でも何でもいいから、三十年後の自分に向けた手紙を書こうぜ」
「源治の口から勉強しようだなんて、初めて聞いたわよ」
「突然変異か素質の開花か、うん」と信之。
「書く量は、ワラ半紙二枚ずつでどう?」
「そうね。いい分量ね」
 このあと、カプセル企画の実行に必要なものを用意する担当者を決めて、この日は早々と解散した。