ナナカマドの仲間たち 8.

8.おれたちの秘密基地

 七月に入ってすぐのこと、日本列島に台風が上陸した。山で恐ろしいのは台風よりも山嵐とかこがらしだ。それらに比べたら「台風なんぞ屁でもない」と思っていたけど、今度の台風は半端じゃなかった。武の家のニワトリ小屋はつぶされて、自慢の地どりが消え失せたし、里っぺの家のビニールハウスのビニールは、引き千切られて、ヒラヒラ、ハタハタ、戦い破れた海賊船のマストみたいだ。
 うら山のアカマツ、コナラ、リョウブなどの木々も、右に左になぎ倒された。近くを流れる黒尾川のよどみには、上流からの流木がいく重にも積み上がり、にわかのガレキの山を築いている。
「見ろよ、この量。材木屋ができそうだぞ」
「こんなに有るんだもの、何かに利用できないかしら?」
 モノを見るたび、何かの遊びに利用できないもんかと考えるのが、おれたちのすぐれた特性。どんなものにも利用価値があるということを、おれたちは日々の遊びの中から学んでいる。
「ナラの木を集めれば、来年ナラタケが穫れるんじゃない?」
「来年のことなんか言うな。いまやることだよ。おれたちは遊びの天才なんだから」
「じゃあ、車でも作る?」と、おれが言った。
「車って、動く車か?」
「動くから車だろう」
「どんな車だ?」
「リヤカーの荷台を、この流木で囲うんだよ。屋根を付けてもいいなあ」
「それ、だれが引くんだよ?」
「源治に決まってるじゃん」と言ったとたん、ボコンとゲンコツが飛んで来た。
「いてっ! 何だよ。おまえのこと、力持ちだとほめてやったのに」
「うるせえ」
 信之が指をパチンと鳴らした。
「あら級長さん、いい案浮かんだ?」
「最近、あっちこっちに放射能の雨が降っている」
「何それ?」
「うん、ビキニ環礁でやったアメリカの水爆実験による死の灰の雨だよ」
「よく分かんないけど、それと流木と、どんな関係があるのよ?」
放射能の雨をかぶると、死ぬかも知れないってことだな、うん」
「うそ。だれも死んでいないじゃない」
「それをかぶった漁船の機関長さんが、今入院している。命が危険な状態らしい。死の雨をかぶったら大変だと、都会じゃ大騒ぎしてるんだな、うん」
「だから?」
「おれたちだってそれをかぶったら、この先どうなるか分からない。だから、うん、雨が降り出したら逃げ込める家が欲しい。ねっ、あの流木で、おれたちの家を建てたらいいってこと」
「長い話だなあ、おまえ。新聞読むのも、ほどほどにしとけって。おとなの話ばかりじゃ、ついて行けねえよ」
「武にはむずかし過ぎるでしょうけど、あたしたち、こういう級長がいるから、おとなの世界が覗けるんじゃない」
「そうよ。里ちゃんの言う通り。貴重な存在よ、信之は。でも、せっかくの信之の提案ではあるけれど、この流木で家を建てところまでは無理じゃない?」
「源治の家ぐらいなら…」と言いかけた信之の頭にもゲンコツが飛んだ。
「だけど源治、秘密基地ぐらいなら作れるかもよ」と里っぺが言った。
「秘密基地かあ」
 押入れの中、空き地に放置された土管、使われなくなった物置き…。せまくても自分たちで独占できる空間には夢がある。もぐり込めばその空間は、御殿にも、あばら家にも、魔法の国にもなる。そう考えたみんなは、里っぺの案に引き寄せられた。
「それ、おもしろそうだなあ」
「里っぺとしては、どうやって作る気だ?」
「流木を一本一本、壁を作るみたいに打ち込んで、三畳間ぐらいの囲いを作るってどう? 屋根にも流木を渡して、風で飛ばされたビニールハウスのシートを回収して覆うのよ。そうすれば、放射能の雨の日なんかにも使えるんじゃない?」
「それよ!」と、ミッコが飛びついた。「三畳分のスペースがあったら、八人でゆったり座れるもんね」
 ミッコが動けばウンコも動く。すぐさま「作ろうぜ!」と武が叫んだ。
 この提案なら、武でなくても魅力を感じる。雨の日には、集合場所にも遊び場にも不自由していた。秘密基地があれば大助かりだ。しかも利点は、それにとどまらない。『秘密基地』と呼ぶ拠点を持つことは、そのこと自体が大きな魅力になるではないか。壁に囲まれたスペースは、おとなたちが立ち入りできない禁制の城。八人だけで、心のすべてが話し合える。
「夢がいくつも羽ばたきそうね」
「作っちゃう?」
「作ろうぜ!」
 みんなの心が一つになった。
「問題は、どこに作るかよね。秘密基地って言うんだから、秘密っぽくなくてはね」
「あっちのヤブの中は?」とおれが言った。
「地主がだれかってことだな、うん。土地はすべてに持ち主がいて、やたらに建てたら訴えられる。ヘタすると、うん、牢屋行きだな」
 知識ぶる信之を、源治が鼻で笑った。
「秘密の場所に秘密で建てるから秘密基地だろう。見つからないところに建てたものを、だれが見つけて訴えるの?」
「じゃあ源治は、どこなら見つからないと思っているの?」とミッコが聞いた。
「あそこの山すそ」
 源治の指差す先を見て、常男が「ダメだ、あそこは」と言った。
「どうして?」
「あの山は、てっぺんからすそまで、丸ごと全部うちの土地だもん」
「えっ、あの山、丸ごとおまえんところのもの?」
「そうだよ」
「へ〜え。持ってる人は持ってるんだ。知らなかったわよ」
「なあ常男。おまえんとこのご先祖さまはお代官か? ずいぶんあこぎなことをして手に入れたんだろうな」と武がおちょくると、常男は目をむいて怒った。
「違わい! ご先祖さまは、慶長二年この地を領して居城せし前山藩主茂木宗利さまの筆頭家老、臼田五郎左衛門影元さまなるぞ。あの山は、臼田五郎左衛門影元さまが、領地防衛の戦において前衛を指揮し、獅子奮迅の武勲もめでたく、その勲功あっぱれのゆえをもって公明正大、藩主さまより拝領たまわった土地にあるぞ」
 おれたちは、天地が引っくり返るくらいびっくりした。常男のご先祖が大物だったからではない。こんなむずかし過ぎることを、常男が一気にスラ〜ッとまくしたてたからだ。
「もう一度言ってみてくれる?」と源治が言ったら、まったく同じ言葉をスララ〜ッと、よどみなく言ってのけた。ソラで覚えているらしい。
「分かった。悪代官じゃない。おい武、おまえ謝れ」
「ごめん」
「まあ許してやってくれ。武も謝ったんだから。でね、そこで相談なんだけど、おまえの家の土地なんだから、おまえが使う分には何の問題もないはずだよな?」
「えっ? …まあそれはそうだけど」と常男は少し考えてから、「じゃあ、一応父上に聞いてみてやるよ」と言った。
「聞くな! 聞いちゃダメ!」と叫んだのは信之だ。
「なぜ?」
「有りすぎる人は出したがらない!」
 信之のこの言葉に、おれたちは納得した。常男自身も、父親から色よい返事はもらえないと思ったらしい。「バレたって知らないからな」と言って無断使用に目をつぶった。
 やると決まれば動きは早い。まず場所の選定。重い流木を運び上げることを考えて、川に近い山すそを選んだ。続いて流木の運び上げ作業。使えそうな流木を二人ひと組となって、何往復もしながら必要量を運び上げた。
 ここからは基地の建設。シャベル、クワ、ハンマー、ロープなどを持ち寄って、トンテンカンの大工事だ。骨格ができたら壁と屋根の板張り。最後は風で飛んだビニールシートを回収して屋根を覆い、基地の中にはワラを敷きつめた。こうして待望の秘密基地は、場所の選定から四日をかけて完成にこぎつけた。