ナナカマドの仲間たち 7.

7.山組、またもや完敗

 みみずっ原にやって来た。そこには小川がある。笹やぶもある。ヘビイチゴが生えている。足元のじめじめは、いかにもヘビの天国だ。
「獲ったヘビは、これに入れろ。ここに置いておくからな」
 おれは、父ちゃんから借りて来た魚釣り用のビクを、みんなに示してその場に置いた。源治が持ち込んだのは目覚まし時計だ。
「いいか。こいつを一時間後にセットする。これが鳴ったら競技終了。全員ここに飛んで帰ること。いいな」
 おれたちは「分かった!」と声を張り上げた。常男だけはだまっていたけど…。
 源治が、時計をセットして足元に置く。
「じゃあ始めるぞ」
「あいよ」
「よーい、スタート!」
「ほんじゃまあ」
 みんなが、思い思いの方向へと散って行く。
 武は、ミッコを追うように川辺へと向かった。源治がすっ飛んで行ったのは、ヘビイチゴが群生する原っぱだ。いい場所を縄張りにする気らしい。信之は毒ヘビを警戒してか、ヘビ獲り道具の尻でトントンと足元を突きながら、注意深くやぶの中へと入って行く。常男は、カルガモのヒナのように、里っぺのあとをヨチヨチと追った。
 そんな常男と対照的なのは太洋だ。ずんずんと林の奥へと進んで行く。怖がるそぶりがまるでない。「ここのはみんな毒ヘビだ」と、武がうそっ八でおどかしたのに、どうなっているんだろう? あいつの脳細胞。
 さてこのわたくし吉松さま。ヘビなんか獲るつもりはない。探すつもりもない。はっきり言って気持ち悪い。カエルを追って矢のように宙を飛んだヘビを見たときは、長いもの、例えば道ばたに落ちているヒモ縄なんかを見るのも、しばらくはいやだった。だからおれはパス。時計が鳴るまで、ヘビの少ない土手の上で日向ぼっこを楽しむつもり。山組のだれかがガンバってくれさえすればそれでいいのだ。さっきの試技を見た限り、里っぺは期待できる。源治や武も負けたくないからガンバルだろう。みみずっ原の一角からは、浅間山の雄姿が見える。白くたなびく煙も見える。六月の木もれ日がチロチロ遊ぶ草むらの中、おれは、ゴロ〜ンと横になった。
「空って、どうして青いのかなあ?」
 そんなこと考えるいとまもないほど、毎日すっ飛びまわっていたけれど、時にはこうしているのもいいもんだ。あいつらが働いていると思うと、余計楽しい。
 数分すると、あっちからもこっちからも、すっとんきょうな声が聞こえ始めた。笹やぶ、原っぱ、杉林。おれたち以外に人の気配は感じられない。耳を澄ませて聴き取れるのは、鳥の鳴き声、川のせせらぎ、そよぐ葉の音。残るすべてはあいつらの声だ。
「あっ、いたぞ! おっとっと。…ダメかあ。消えちゃいましたねえ」は信之の声。
「あっ、こいつ! 待て! 待て待て! ありゃ〜あ、逃げられた〜あ」は武の声。
「何だ。葉っぱがゆれたと思ったら、あんた、ヒキガエルじゃない」はミッコの声。
「あっ、やだやだ! こっちに来るな! ひゃ〜っ!」と半べその叫びは、言わずと知れた常男の声。「何よ、あんた。男でしょう!」の声に続いて「ピタン!」。里っぺが常男の尻をたたいたらしい。
「一丁あがり〜い!」と、景気のいい声が上がった。源治が仕留めたようだ。
「吉松! 吉松―っ!」とおれを呼んでいる。
「何だよーっ!」
「ビクだビク。ビク持って来てくれーっ!」
「バカ! 獲ったら、自分でビクまで持って行け!」と言い返したら、「ケッケッケ」と笑いやがった。あいつ、真っ先に獲ったことをみんなに聞かせたかっただけなんだ。
 ウンともスンとも聴こえないのは太洋の声。あいつはどうしているんだろう?

 かくして一時間。
 リリリリリリリリリリリリ…。
 目覚まし時計が鳴りひびいた。
「時間だぞーっ!」と源治が叫んだ。
 バラバラと元の場所に戻る仲間たち。おれも、のっそり起き上がった。
 戻った者は、決まったようにビクの中をのぞき込む。くねっているのは四匹だった。
「あらっ?」とミッコが言った。
「ヤマカガシじゃない。ほら、そっちの小さいの」
「えっ! ほら見ろ、やっぱりいたじゃないか!」
 常男がだれに聞かせるでもなく叫んだが、取り合う者はいない。
「アオダイショウ一匹とシマヘビ二匹。それにヤマカガシが一匹かあ。シマヘビのちっこい方はおれだけど、でっかい方、獲ったのだれ?」
「もちろん、わたしです」と、気どって手を上げたのは武だった。
「武か。おまえのはおれのよりはでかいけど、アオダイショウには負けてるな。一番でかいのはアオダイショウだ。アオダイショウが優勝ってこと。これ獲ったの、だれ?」
「あっ、それはおれ」と、手を上げたのは太洋じゃないか!
「え〜っ、何だよ。おまえかよ」
「七人寄ってたかって、結果がこれ?」
 ヘビ獲り競争提案者の里っぺも、落胆の色をかくせない。武はグデ〜ンと引っくり返り「だめだこりゃ」と伸びてしまった。白け鳥が、七人の頭上をパタパタと飛ぶ。
 そんながっかりムードの中、「待てよ?」と頭を上げたやつがいる。そいつ、突然「緊急動議!」と叫んだ。手を上げているのは源治だ。
「発言を認めます」
 信之が、ふたたび議長づらして発言を許可した。議会っぽくなると、すぐそうしたがるのは級長経験者の習性らしい。
「でかい方が優勝ってことでしたが、ヤマカガシには毒がある分、ハンデがあってもいいのではないかと思うのでありま〜す!」
「だから?」
「だからさあ、思うに、優勝はヤマカガシってことじゃねえの?」
 武が、ガバッと草むらから身を起こした。
「そうだよ! おれもそう思う。だってヤマカガシは、人を噛み殺したりもする天下の毒ヘビだもん、でかいだけのアオダイショウとはわけがちがうよ」
 武としては流れを読んだつもりだったが、この読みはまずかった。「ダメだよ、そんなの」と、ミッコにピシャリと否定されちゃったのだ。
「毒の有るとか無いとか関係ないじゃない。大きい方が優勝と決めたんだから、優勝は太洋くんよ。そりゃ、あたしだって山で育った山女だから、山でのことは海の人には負けたくないけど、ルールはルール。負けたからって規則を変えるなんてひきょうだよ」
「それはそうよ。あんたたち、考えがセコすぎない?」と、里っぺの言葉もきつい。正論だから、源治は「うっう…」と言いかけて止まってしまった。
 武も弱った。里っぺはともかく、ミッコとは対立したくない。さっそく発言の修正にかかった。
「まあ、山組の一員としては残念だが、そういうことだな。武士たるものに二言があってはいけないってことだ」
「おまえ、どこまでミッコのウンコなの?」
「バカ。みんなで決めたルールは、勝手なりくつで曲げられないと言っただけだ」
「何がルールだ。コロコロ変わりやがって」
 源治はムッとした顔で、まだ意見を出していないおれたちを見た。
「信之。おまえの考えはどうなんだよ」
 何をやっても太洋が一番。源治はそれに歯止めをかけたい。やつのわずかな期待が頭脳派の信之にかかる。
「うん。アオダイショウは大きい。ヤマカガシには毒がある。それぞれに優れた部分があるってわけだな。うん、甲乙つけがたい。されば同点。どっちも優勝でシャンシャンシャン…とね。うん、これでどう?」
 信之は、対立する二つの意見を丸く収める名人だ。この案もいいところを突いている。これなら源治と武の対立も和らぐし、山組のメンツも半分は立つ。
「それいいね!」と、平和主義者のおれが真っ先に信之案に賛成した。
 問題は女だが、「それならいいかもね」とミッコが言った。「苦しまぎれではあるけれどね」と里っぺも歩み寄る姿勢を見せた。女二人が一本になれば、雲でも川でも流れを変える。
 結論としては上等だと思うけど、源治は欲が深い。勝ちにこだわって、残る二人の意見も聞く気らしい。
「常男は? おれはヤマカガシが優勝だと思うんだ。でも信之たちは、アオダイショウとヤマカガシの両方を優勝にしようって。おまえはどっち?」
「どっちでもいい」
「太洋は?」
「どっちでもいい」
「あのねえ、常男がどっちでもいいと言うのはどっちでもいいけどさあ、おまえまでどっちでもいいって、そんな言い草ないだろう。ヤマカガシを獲ったやつの名誉だってかかっているんだ。ヤマカガシだけが優勝か、アオダイショウを獲ったやつも優勝にするか、おまえの考えをはっきりさせろよ」
「だから、どっちでもいいって」
「チェッ。強情だなあ。結局ヤマカガシ一本の優勝はおれだけか。分かったよ。じゃあ、優勝は二人だ。一人は一番大きいアオダイショウを獲った太洋。もう一人はヤマカガシを獲ったやつ。それだれ?」
「おれ」
 ボソッと答えたのは太洋だった。
「え〜え」
「何よ、も〜う」
「だから、どっちでもいいって言ったんだよね」
 太洋まで困った顔をすることないのに。
「山組、完敗じゃない」
「意味なかったじゃん」
「あいうえおったまげ〜っ!」
「かきくけコンチクショー!」
「だからおれ、ヘビ獲りなんかやだって言ったんだ」
 常男の話なんか、だれも聞いていない。太洋をのぞく七人は、ヘロヘロと草っ原にへたり込んだ。
「なあおまえ、それならそうと早く言ってくれよ。どっちもおまえが獲ったと分かっていたら、あ〜だこ〜だ、言い合うことなんかなかったんだぞ」
「そうよ。武なんかあっちへ寄ったりこっちへ寄ったり、気の毒で見ちゃいられなかったわよ」
「何だよ、里っぺ。どういう意味だよ」
「あら、その意味聞きたいの?」
「聞きたくない」
「だったら、だまっていたらいいじゃない」
「あ〜あ、残ったのは武と常男の赤っぱじだけかあ」
 やればやるだけ太洋の株が上がるだけ。常男なんか、うっかり踏んでしまったアオダイショウに足を噛まれたとかで、鼻をグシュグシュさせている。ここでもまた「ギャフン」と言わされたのは、山育ちのおれたちだった。