ナナカマドの仲間たち 6.

 6.太洋ギャフン作戦

 いつしか太洋のふしぎな魅力にやられてしまい、おれたちは、あいつ無しでは遊べなくなっていた。
 それにしたって、あいつの格好は良過ぎる。海しか知らないはずなのに、山のどんな遊びをやらせても、スイスイ見事にこなしてしまう。山育ちのおれたちの、面目なんぞは吹っ飛んだままだ。
 何とか、山組の実力を見せつけてやりたい。一度でいいから、やつをギャフンと言わせてみたい。どうすればいいか? それには、やつの弱点を突くこと。弱点とは、海には無くて山にあるもの…。おれたちは真剣に考えた。
「海になくて山にあるもの…。例えば…アレかなあ?」
 里っぺが、何かに思い当ったようだ。
「例えば何?」と、おれが聞いた。
「ヘビ」
「ヘビだ〜あ?」と、武が(くだらねえ)と言わんばかりの顔をした。
「海にだって海ヘビがいるべえ」
「海ヘビは船ん中まで追っては来ないわ。だけど、こっちのヘビは屋根からだって落ちて来るのよ。吉松っちゃんのとこなんか、こたつの中でトグロを巻いていたって言うじゃない」
「そうそう。あんときゃ、さすがのばあちゃんもぶっ飛んだっけよ」と、そのときを思い出しておれは笑った。
「でしょう。ヘビならあの子だって逃げ出すんじゃない?」
「そうね。ヘビ、ヒル、サソリ、アブ、ブヨ…。考えれば山の特産って、けっこうあるわよね」と、ミッコがケロリとした顔で言った。
「それを特産って言うか?」
「だって、海には無いじゃない。ねえ里ちゃん」
「ないない。それみんな特産よ。特にヘビはね。この間、となりのポチが捕まえて振り回していたアオダイショウを、万作おじさんが取り上げて輪切りにしてね」
「輪切りーっ!」
 常男が、目ん玉をビー玉みたいにして叫んだ。
「それをどうしたの?」
 ミッコは、恐れる常男を無視して聞いた。
「七厘で焼いて食べてたの。あたしも一つもらって食べたけど、あれはイマイチだったなあ」
「やめろーっ!」
 常男が耳をふさいで叫んだ。ほとんど金切り声だ。常男と里っぺは、どうやら性別を間違えて生まれて来ちゃったみたい。
「で、里っぺはそのヘビを、どうすればいいと思ってるんだ?」
「ヘビ獲り競争なんかどうかと思って」
「ヘビ獲り競争?」
「うん。時間を決めて、獲ったヘビの数を競うのよ。一番獲った人が優勝。同じ数なら長い方を獲った人が勝ち。ねっ、これならあたしたちのうちのだれかが勝つよね。七人のうち、だれが勝っても山組の勝ちってことにならない?」
「だれが勝っても山組の勝ちかあ。そうだな。うん、それだよな! それなら負けっこないもんな」と源治が、初めて太洋攻略の名案にたどりついたように言った。
「でもさあ、噛まれたらどうするのさ?」と、口をとがらせたのは常男だ。常男はヘビが苦手なのだ。チロチロする二枚舌を思い浮かべただけで鳥肌が立つらしい。たとえ太洋がヘビを苦手にしていても、常男としては、ヘビ獲り競争なんかやりたくないのだ。
 源治が鼻で笑った。
「おまえ、怖がってるだろう?」
「ちがわい。太洋のことを心配してるんだ。毒ヘビだったらどうするのさ」
「それなら心配ご無用。ここらのヘビには毒がない。噛まれたって死にゃあしない。アオダイショウか、せいぜいシマヘビなんだから」
「うそ。ヤマカガシだっているよ。横っ腹にオレンジ色の線が入ったやつだぞ。源治だって、しょっちゅう見てるじゃないか」
「えっ、そうだった? だれか見たやついる?」
 源治以外の全員が手を上げた。
「ほらみろ」
 味方を得て、常男はホッとしたようだ。しかし安心するのが早過ぎた。ここらにヤマカガシがいることぐらい、だれだって知っている。源治は常男をからかっているのだ。
「そうか。このあたりにヤマカガシがいるなんて知らなかったよ。じゃあ、噛まれたやついる?」
 だれも手を上げない。
「ほらみろ。噛まれていないってことは、ヤマカガシなんかいないってことだろう」
「えっ、そんなの変だよ。これっぱかりのやつに聞いただけじゃないか!」
「これっぱかりって、これっぱかりのやつの遊びのことを話しているんだぞ。遊びとは関係ないやつの話を聞いてどうするの?」
「えっ? 何それ。そんなことおれ言ってないよ」
「じゃあ、何を言いたいの?」
「何って…、おれはただ…、あれ? 何か変な方向に話が曲がってない?」
「変か? じゃあ多数決だ。意見が割れたら多数決。それが民主主義の正しいやり方だよな、級長」
「そうだよ。一人の大将の命令で始まった戦争は、たいがい負ける、うん。渡り鳥は秋が近づくと、全体会議を開いて、いつ旅立つかを多数決で決める、うん。みんなで渡れば怖くない、うん」
 信之のやつ、わけの分からないことを言いながら、「さて、そこで皆さんのご意見を伺いましょう」と、勝手に議長になってしまった。
「どなたからでも、ご意見をどうぞ」
「議長!」
「はい、源治くん。発言を許します」
「わたくしは、里江議員のヘビ獲り競争案に賛成するものでありま〜す!」
「ヘビ獲り競争案一票。つぎに吉松くん」
「長いものには巻かれるしかありませんな」
「つまり、里江議員の提出案に賛成ってことですね」
「さようで」
「ヘビ獲り案二票。では武くん」
「ミッコは?」と、武は答える前にミッコに聞いた。
「あたしもヘビ獲り競争案に乗る。太洋くんの一人勝ちをはばむためにね」
「だよな。おれも里っぺの案に賛成〜っ」
 武がおどけた声を張り上げたが、ほんとうは里っぺの案に乗ったのではなく、ミッコの意見に従っただけ─と、だれもが見すかしている。
「ヘビ獲り案四票。では、わたくしも一議員に立ち戻り、うん、ヘビに一票を投じたいと思います」
 勝手に議長になったり降りたり、信之は、自分だけの遊びを楽しんでいる。
 とにかくこれでヘビ獲り案五票。里っぺは提案者だから、常男以外の全員がヘビ獲り競争案を支持したことになる。
 孤立感を深めた常男が何かを言おうとしているらしい。口がパクついている。だけど、不利な現状を逆転させるうまい言葉が見つからないみたい。それを見た里っぺが、なぐさめ顔で言った。
「いいじゃない。だれもあんたに期待なんかしていないんだから。あんたは、獲るまねだけでいいの。寝ててもいいしね。あんた以外の六人の中から優勝者が出れば、あんたも勝ったことになるんだから」
 ここまで女になめられたら、いかに常男でもムカッと来る。
「何言ってんだよ! おれだってやるよ!」
 まんまと里っぺの術中にはまり、ヘビによる『太洋ギャフン作戦』は、ここにめでたく全員一致の成立を見た。みみずっ原には、何種類ものヘビがいる。そこに太洋を連れ出して、むりやりヘビ獲り競争をさせようというのである。
 そうと決まれば、これも道具づくりから。
 おれたちは裏山に行き、先っぽが又(Yの字)になるような枝を、ごっそりと切り出した。それを持ち帰り、折れにくい材質やYの字の角度などを比較しながら、使い勝手のよいヘビ獲り道具を八本作った。うち一本は、その場にいない太洋の分だ。

 そして翌日。
「はい、これおまえの」と、源治がヘビ獲り道具を太洋に渡した。
「何これ?」
「ヘビ獲り道具」
「ヘビ獲り道具? これでヘビ獲るの?」
「そうだよ。だれがヘビを一番獲るか競争するんだ。多数決で決めたんだから、おまえ、いやでもやるんだよ」
 恐がるかと思ったら、目を輝かせて「やるやる。おもしろそう」だと。何だろう、こいつって? みんなは白けたが、いまさら引けない。
「いいか。この先っぽのところで、ヘビの首っ玉をギュッと押さえつける」
「ここでギュッね」
「押さえるのは首っ玉だぞ。ニョロニョロの真ん中や尾っぽだと、ガブリとやられるからな。ヘビの歯は内向きだから、噛まれてから引っぱると、歯が余計に肉に喰い込んじゃうからな」
「ふ〜ん。ここでギュッか」
 源治がわざと危険ぶった話をしているのに、太洋は肝心なところを聞き流している。それではまずいと、武が話をつけ加えた。
「ここのは、どれも毒ヘビだから気をつけろよ。噛まれたら死ぬからな。この村だけでも、これまで三人が犠牲になっているんだから」
「えっ! 何それ? ねえ、ちょっと!」と反応したのは、太洋ではなく常男だった。
「しーっ」と口に指を押し当て、ミッコが常男をだまらせた。おどかしたいのは太洋の方なのに、こっちばかりがあたふたしている。
「だめだ、こりゃあ」と信之が、この先を読んだような感想をポロリ。
「いざ、みみずっ原へ、しゅっぱーっ!」
 源治がこぶしを突き上げると、気を取り直したおれたちも「おーっ!」と、こぶしを突き上げる。
「オイッチニ、オイッチニ」。ズンザカ、ズンザカ…。ヘビ獲り道具を肩にかついだ隊列が、細い山道を登って行く。
「ぜんた〜い、右へ!」
 号令一声、隊列は右の細い道へと折れる。「オイッチニ、オイッチニ」。ズンザカ、ズンザカ…。
 女二人は、よれよれのスカート。男どものおしりには、キャッチャーミットみたいな継ぎがある。常男のおしりのキャッチャーミットは、破れをつくろう継ぎではない。「みんなと同じ継ぎが欲しい」と泣いて騒いで、むりやり縫ってもらったミットだ。
「オイッチニ、オイッチニ」。ズンザカ、ズンザカ…。最後尾のおれから見ると、いかにも山育ちらしい健康児たちだが、中でも一番山育ちっぽい男一人が海育ち…というのが、どうにもおれには皮肉に映る。
 うねの小路にかかったとき、先頭の源治が「ヘビだ」と言って立ち止まった。とっさに常男は飛び退いて、「どこよ」と飛び出したのは女の里っぺ。見れば一メートル以上もあるアオダイショウが、だら〜んとだらしなく、道の真ん中でまどろんでいる。まったく無防備なやつだ。
「あら、大きいわねえ」
 里っぺは足音を忍ばせて近寄ると、ヘビ獲り道具の先端を、アオダイショウの首っ玉にストンと落とした。
「おみごと!」とミッコが両手をパ〜ンと打つ。
 不意討ちを喰らったアオダイショウは、長い胴体を必死にくねらせるけど、首っ玉を押さえられてはどうにもならない。里っぺは、その首っ玉をヒョイとつかみ、茂みの中にポイッと投げた。
「ねっ。こうやるの。ご質問は?」
 模範演技を見せられた太洋が「了解」と笑顔でピースサイン。そんな太洋を、バケモノでも見るような目で常男が見ていた。