ナナカマドの仲間たち 4.

4.源治、ますますへこむ

 クモの死闘に破れ、カマキリ踊りでも負けた源治が、三つ目に選んだ遊びは「とんぼ獲り競争」だった。
「獲るのはヤンマだけ。シオカラやムギワラじゃだめだぞ。獲り方は自由。好きなやり方でいい。だれかが二匹目を獲ったら、そこで競技は終り。最初に二匹獲ったやつは、でかい声で『獲ったーっ!』って叫んで、このカンカラをガンガンたたくんだ。それが聞こえたら、全員ここに走って戻ること。いいな。分かったな」
「ちょっと源治。それってずるくない?」とミッコが言った。
「何がずるだよ?」
「だって、ヤンマは里山のとんぼだよ。そんなとんぼ、海の子は知らないんじゃないの?獲る方法だって知らないと思うしさ」
「えっ、ヤンマって、海にはいねえの?」と、源治は黒ベコ野郎に直接聞いた。
「どんなやつ?」
「オニヤンマとかギンヤンマって、このくらいでかいとんぼ」
「見たことない」
「じゃ、獲り方は?」
「網だろう?」
「なんだ。知ってるじゃん」
「ちょっと源治…」と言いかけたミッコに、黒ベコ野郎が笑って言った。
「いいよ。ヤンマも獲り方も、みんなのを見てやるから問題ないって」
 何だろう、この言い草とこの余裕。ここらにはいないタイプだ。そう言えば…と、おれは気づいた。クモのケンカにしても、カマキリ踊りにしても、あいつにとっては、どれも初体験のはずだった。けれどもあいつは、そんなハンデの不利を一度も口にしなかった。人間のスケールってやつだろうか。(こいつ、やるじゃん!)─と、おれは思った。
「あんたがそれでいいなら、あたしが言うことないけどさあ。…だったら、あたしの方法でやってみる?」
「うん」
「じゃ、いっしょに道具を作ろうよ。ヤンマを獲るのもいっしょにやればいいよね」
「うん。サンキュー」
「あっ、じゃ、おれもいっしょ!」
 武があわてて飛び乗った。いつものことだけど、ミッコ一辺倒の武って、ちょっと見苦しい。源治はあきれ顔で、「ふん、勝手にしやがれ」と捨てぜりふを吐いた。
「じゃあ始めるぞ」
「おーっ!」
「ヤンマ獲り競争、スタート!」
 源治の合図を受けて全員が散った。山の遊びは、とにかく道具づくりからだ。そこがいいんだよね。ミッコと武と黒ベコの太洋は〝クモの巣作戦〟に出るらしい。クモの巣作戦とは、細い竹ざおの先に針金の輪っかを取りつけ、その輪にクモの巣を張りつける方法だ。低空飛行のヤンマ獲りには適している。使うのは女郎グモの巣。女郎グモの糸は、ほかのクモの糸よりじょうぶで、ねばり気も強い。女郎グモの巣にかかると、体長十センチの大型とんぼでも脱出できない。女郎グモの糸は、小動物たちを確実に地獄に送る魔の糸なのだ。
 源治が得意とするヤンマ獲りの方法は「ぶり」と呼ばれるもの。これは、ギジ餌を使う魚釣りの陸上番みたいなもので、やり方は単純。六十センチほどのヒモの両端に、白い紙に包んだ小石を結びつける。それを飛んで来たヤンマに向かって投げ上げるだけ。こうするだけで、ヤンマは小石の包みを餌とまちがえて飛びつく。すると、飛びつかれた小石にヤンマの重みが加わり、一方の小石が引っ張られ、その反動でヤンマに糸がからみつく。からみつかれたヤンマは、小石の重みに負けて地に落ちる。そこを素早く手で押さえる─というもの。この方法だと〝とりもち〟や〝クモの巣〟を使うよりも、きれいな姿のままのヤンマが手に入る。
 おれがやるのは、メスをおとりに使う方法。ギンヤンマは、メスよりオスの方がきれいだから、捕まえるならオスがいい。やり方は簡単。メスのヤンマを糸に結んで飛ばすだけ。こうしておけばオスがやって来て、メスとからみ合って落ちて来る。バカっぽいけどこのやり方なら、〝ぶり〟よりさらにきれいなオスが手に入る。
 ただし、この方法には欠点もある。これをやる前に、別の方法でメスのヤンマを獲るところから始めなくてはならない点だ。ミッコに「あんた、バカじゃないの」と言われてしまった。そうだな。競争には向かないやり方かもね。
 信之や里っぺがどんな手を使うかは知らないが、常男の獲り方なら見なくても分かる。虫捕り網か、とりもちを使うはず。どちらも店から買う捕獲道具だ。おカネがあればあるだけ学習能力が落ちるということに、常男は、いつになったら気づくのだろう?
「えいっ」
「ちくしょう、ダメかよ」
「そら! くそ」
「それーっ!」
「バカタレ!」
 これ、すべて源治の声。とんぼ沼のほとりで〝ぶり〟を何度投げ上げても、ヤンマが飛びついて来ないのだ。このところの源治は、何をやってもダメみたい。そりゃあヤンマだって、腹いっぱいのときもあるさ。きっとどこかで、うまいミジンコでも見つけて食べたばかりなんだろう。
 競技の開始から四十分。「獲ったーっ!」の声が上がり、カンカラがカンカンと打ち鳴らされた。
 声の主は常男だった。カンカラの前に戻った七人に向かい「ほら、二匹」と、常男は虫かごを差し出した。ギンヤンマが確かに二匹入っている。一方の手に握られているのは虫捕り網だ。
「ふ〜ん」と、みんなは白けた。常男が勝つのはかまわないが、みんなの中に残る不満は、常男がおカネの力を利用したこと。虫捕り網を使うなんて、山男らしくない決着ではないか。
 常男の勝利も面白くないが、源治がもっと面白くなかったのは、黒ベコ野郎の太洋までが、ヤンマを二匹持っていたこと。
「おまえも二匹かよ。だったら獲ったとき、何で『獲ったーっ!』って叫ばなかったの?」
 おれたちもそう思った。二匹目が常男より早かったら、優勝は太洋だったことになる。
「ああ、それね。二匹目を獲ったら、そばに富子ちゃんがいたんだよ」
「富子が? 常男の妹がそこにいたからって、それとどういう関係があるの?」
「ヤンマを見て、欲しいって言ったから上げちゃったんだ」
「上げた? でもおまえ、今も二匹持ってるじゃねえか」
「この二匹目は、そのあと獲ったんだよ」
「いつ獲ろうと、二匹目は二匹目だろう。そのときだって『獲ったーっ!』って叫べばよかったじゃねえか」
「でもそれ、正しくは三匹目だから」
「わけ分かんねえよ、こいつ」
 源治は、あきれるやらへこむやら。クモ、カマキリ、ヤンマと連戦連敗。山のこと、いつまでたっても太洋に教えられないでいる。
「太洋くんの場合は、自分で獲ったのを申告しなかっただけだから、それはそれでいいけど、常男はどうなの? あんたのその一匹、まさか妹からもらったんじゃないでしょうね?」
 里っぺの質問に、常男の頬がポッと赤らんだ。
「くれとは言ってないよ。富子が上げるって言ったんだ」
「やだ、その一匹、やっぱり太洋くんのってことじゃない」
「でも、獲る方法は自由だって源治が言ったじゃないか」
「だけどおまえ…」と言いかけた武が、途中でやめた。おれたちも「そりゃまあそうだ」と、常男の勝利を認めるしかない。
 源治は、ますますへこんだ。常男の一匹を太洋にカウントすると、山組七人の合計が、おカネで買った虫捕り網で獲った一匹だけ。対する海の太洋は、正々堂々一人で三匹。
 ミッコが言った。
「ねえ源治。山のこと、いつ、たっぷりと教えてあげるの?」
「うっせーっ」
 源治のつらい日々が続く。