ナナカマドの仲間たち 3.

3.源治、少しへこむ

「山のこと、たっぷり教えてやっからよう」と、源治は確かにそう言った。だから、下校の道々ミッコが聞いた。
「ねえ源治、あんた山のこと、何から教えてあげるつもりなの?」
「おまえだったら何から教える?」
 源治の頭には、これといったものがまだ浮かんでいない。でも、全員の前で言ったことだから、実行しないわけにはいかない。
「何からだっていいじゃない」と里っぺはそっけない。
「だめだ、そんなの。山にしかないもの。山でしかできないこと。山育ちだからできること。海のやつにはできっこないこと。それは何かと聞いてるんだ」
「そういうことかよ」とおれは言った。山育ちとしての優位な立場を利用して、黒ベコ野郎に〝上から目線〟で山のことを教えたいのだ。しかもそうすることで、遊びのリーダーとしての地位を、源治は守り抜こうと考えているのだ。
 相撲を取ってもクラス一、かけっこをしてもクラス一、けんけん陣地、竹馬競争、影踏みからカンけりまで、何をやってもクラス一。それすなわち、勉強以外での学校一。去年から1チャンネルと4チャンネルのテレビ放送が始まって、都会では街頭テレビのプロレス人気がすごいらしい。力道山が空手チョップを繰り出して、どでかいアメリカ人をぶっ飛ばしているんだとか。力道山はベラボーに強い。おれたちの中で言えば、それが源治といわけだ。
 その源治が転入生の一人を相手に、なぜそこまで慎重になるのかと言えば、黒ベコ野郎の落ち着きぶりが気になって仕方ないのだ。たった一人でやって来た身で、あまりに堂々としていすぎる。やつの肝っ玉の大きさを、源治は測りかねているんだと思う。
「吉松だったら何教える?」
「知らないよ、そんなの。おまえが教えると言ったんだから、おまえが考えたことを教えてやればいいだろう」と言っておれは逃げた。
「信之は?」
「サル山のボスザルは、自分の知恵一つでその地位を守っている。ボスというものは、うん、孤独であり、孤独の中の知恵者である。ガンバルしかない運命なんだな。ボスであり続けるためには。うん」
 自分で言って自分で「うん」とうなずくのが信之の特徴。
「がんばってよね、ボス。じゃあね」と、ミッコは源治の背中をポンとたたいて、二股の道を別れて行った。
 おれたちもつぎの三差路で「おまえが何から教えるか、楽しみにしてるよ」と言い残して、バラバラと家に駆け出した。
「ふん、ばかやろめ」
 相談相手を失った源治の口から、ふてくされた声が返った。

 つぎの日の授業前、みんなが揃ったところで源治が言った。
「おい、きょうの放課後、クモのケンカをやろうぜ」
 クモのケンカとは、二匹のクモを小箱に入れて戦わせるという遊びだ。これなら負けても恥にはならないし、勝てば山の遊びとして十分誇ることができる。(考えたなァ)と、おれは思った。
「それ、いいかもね」
「うん。やろう、やろう」
 山組のみんなは、源治の案を受け入れた。
 問題は海の男の誘い込み。「おまえ、どうする?」と武が声をかけたら、黒ベコ野郎は「うん、やるやる」と、二つ返事で気安く乗って来た。第一の関門は苦もなく通過した。

 かくして放課後。
 この遊びで戦士となるのはハエトリグモだから、〝クモのけんか〟をやるには、ハエトリグモの採取から始めなくてはならない。おれたちは、体育で使う赤白帽子を全員かぶって、近くの笹やぶへとバラバラ走った。
 ハエトリグモは笹やぶに多い。見つけたら赤白帽を受けにして、クモが止まっている笹の茎をブルブルとゆする。こうするとクモは帽子の中にポトポト落ちる。
 全員が自分の戦士となるクモを採取したら、それを持ち帰って戦いに臨む。
 戦いの場は、徳用マッチの空箱の中。広さとしては、四角いとうふを二丁重ねた程度しかない。そこに対決する二匹のクモを入れて、入口はガラスの板でふさぐ。
 逃げ道をふさがれてしまったハエトリグモは、そこを新たな縄張りにするしかない。ところが、気付けばそこにはもう一匹、同じ立場のクモがいるではないか。
「やいこら、ここはおれの縄張りだぞ。失せろ!」
「おまえこそ消えてなくなれ!」というわけで、二匹の縄張り争いがぼっ発する。クモは気性のはげしい生きものだから、ひとたび開戦となると、血で血を洗うデスマッチ。どちらかが噛み殺されるまで戦いは終わらない。クモの持ち主たちは、ガラス越しにゲキを飛ばす。女のミッコや里っぺまでが、「いけいけーっ」とか「やっちゃえーっ」と叫ぶ。ちょっとどうかと思うけどね。
 勝ったクモは生きたまま解放されるが、噛み殺されたものはその場にポイ。これもちょっとどうかと思うけど、負ければくやしいから、だれも墓なんか掘ってやらない。
 この日は八匹によるトーナメント方式で戦い、優勝したのは武のクモだった。皮肉めくのは源治のクモだ。一回戦で黒ベコ野郎のクモに破れた。

 つぎの日、源治は言った。
「きょうの放課後は、カマキリ踊りだぞ」
 クモがダメならカマキリだ─と、きのうのリベンジに出たのである。
 この遊びも、カマキリの捕獲から始まる。カマキリは草っ原に多い。だけど、草をかき分けるだけでは良い結果は得られない。下を見る前に上を見ること。草っ原に立つ木の幹や枝に白いかたまりがあれば、それはカマキリの「卵のう」と呼ばれるもの。これがあったら周辺の草むらを探せばよい。たいてい数匹のカマキリが見つかる。
 一人一匹ずつ、八匹そろったところで源治が言った。
「じゃあ、始めるか。キセル持って来たやつ、ヤニを抜いてくれ」
 キセルとは、タバコを吸うためのパイプ状の道具。時代劇では次郎長も箱根の山の雲助も、みんなこれでタバコをスパスパやっているけれど、最近は紙巻きタバコに押されている。おれたちの周りでこれを使っているのは、今や年寄りばかりとなってしまった。
 家からじいちゃんのキセルをこっそり持ち出した武と常男が、針金を使って、穴につまったタバコのヤニを取り出した。このヤニを、それぞれが自分のカマキリになめさせれば、カマキリ踊りの準備は完了。
 いざスタート!
 ヤニをなめたカマキリたちは、酒を飲み過ぎたオッサンみたいに、あっちへフラフラ、こっちへヨタヨタ…。まともに前へは進めない。この状態が、おれたちの言う「カマキリ踊り」だ。見ていて最高におもしろい。
「おい、踊れーっ」
「もっと踊れーっ」
 みんなはヤイヤイ叫ぶけど、たまらないのはカマキリだろう。気持ちよく酔っているわけではない。ましてや踊っているわけでもない。足は思うように動かないし、胃はムカムカするし、上からは騒音が降りかかって来る。ああ無情。だけど勝負にこだわるおれたちは、だれ一人として同情しない。
 勝敗は酔い方で決まる。だれの目にも「一番酔った」と思えるカマキリが優勝だが、それを喜ぶのは、もちろんカマキリではなくその持ち主。勝っても負けても、カマキリは浮かばれない。
 救いとしては、遊びのあとのカマキリが、勝敗に関係なく野に帰されることだろう。でも、ヤニを喰らったカマキリが解放されたあと、元の生活に戻って楽しく暮らせるかどうかなんて、そんな先のことまでは、おれたちは知らない。
 この日優勝したのは、里っぺのカマキリだった。源治のカマキリは、ヤニの量が多過ぎたみたい。勝ちたい一心でヤニを多く与えたのだろうが、やり過ぎはいけない。苦しくって踊ることもできず、最後までうずくまったままだった。
「クスリも過ぎれば毒となる」─と信之が知ったふうなことを言ったけど、カマキリはクスリなんかもらっていない。毒を食わされただけなんだよね。哀れなもんさ。