心一つに立ち上がれ!23.

 初めての『ユメ会議』は冒頭から波立っている。勝蔵さんがいきなり「破暮駅をおばけ駅に改名しよう」と提案したのだ。
「そんなことがおまえ、人気につながるのかい?」と、地区長さんが首をかしげた。
「世界中のどこにそんな駅名があるんです。まったく、議論以前ですよ」とバッサリ斬ったのは校長先生。返す刀を返さないで、もう一太刀。「そもそも建設的会議のメンバーに、積み木くずしみたいな人間が入っていること自体が問題ではありませんか?」とまで言い切ってしまった。
「お言葉ですけど、メンバーの人格批判まで持ち出したのでは、ユメの創出など望めないと思いますが…」と、心美ねえちゃんが反論した。
「わたしは、パンチ力やユーモアを取り入れようとする勝の発想自体は、悪くないと思います。ですけど『おばけ駅』というのはどうでしょう? ユーモアの中に納まることなのかどうか…」と住職さん。反論ではないが、こちらは、ひとつ乗り切れない様子。
「ひかり、あさひ、あけぼの、あかつき…。人気列車は、たいがい夜明けのイメージだよね。『おばけ』じゃ夜が明けないのと違う?」と、茂平さんも『おばけ案』には一歩引けてる。
 勝蔵さん、分が悪そう。みんなを見回し「やっぱり、ダメかい」とつぶやいた。ダメ出しされるのを見越していたのかも知れない。
「仕方がない。ひとまず引っ込めよう、おばけ駅案は」
 ぼくは、この言葉を聞くと同時に立ち上がった。そして叫んだ。
「引っ込めちゃダメだよ、勝蔵さん!」
(どうしちゃったの?)─みたいな顔が、ぼくに集まる。
 大原さんが冷静な口調で言った。
「心之助委員。あなたの言わんとするところを、分かりやすく述べて下さい」
 ぼくはこの騒動が始まって以来、初めて自分の言葉でしゃべり出した。
「みなさんは、自分で思う〝当たり前〟が、社会の〝当たり前〟だと思ってやしませんか? でも、それは違うと思います。ほんとうの〝当たり前〟とは、そうなるだろうと思うことがそうなって、そのとき初めて〝当たり前〟になるんだろうと思うんです」
「ややこしいなあ、おまえ」と地区長さんがぶつくさ言ったが、ぼくは続けた。
烏帽子山線がつぶれかかったのは、利用客が減ったからで、その原因は過疎なんだと、だれもが、それを当たり前のように思っていたんです。でも違いました。それは当り前ではなかったんです。じつは、当たり前とは思えないことが当たり前だったんです。一心じいちゃんがユウレイとなって出て来てくれたこと。みんなが「独立だーっ!」と叫んだこと。勝蔵さんが花火をブチ上げたこと。大原さんが記者会見を開いたこと。どれも、普通には当たり前とは思えないことばかりでしたが、それが烏帽子山線を救うことにかけての、当たり前の道だったんです。勝蔵さんの発想は、いつだって当たり前とは思えないことばかりだけど」
「そうかい?」
「そうです。でも、終わってみれば、それが当たり前の道だったりするんです。『おばけ駅』の発想も、きっと当たり前へのかけ橋です。ぼくは勝蔵さんの案に賛成します」
 話が終わったのに、みんなポカ〜ンとぼくを見ている。ウンでもスンでもない。あるのは「グーグー」だけ。赤イボ先生が眠っているのだ。
 だれからも声が返らないから、じいちゃんからの指示も、一気に話すことにした。
「議長さん。ぼくからの提案も続けさせてもらっていいでしょうか?」
「えっ? …あっハイ、よろしいですよ」
「では、ぼくからの提案です。ぼくは、勝蔵さんの提案、破暮駅をおばけ駅と改名することに大賛成で、その上での提案です。いい提案であっても、それを実行に移そうとする強い気持ちが現場になければ、決して提案は生かされないと思います。そこで行動力、実行力を持った人を、この会議から現場に送り込むことを提案いたします」
「送り込む…。具体的には?」
「勝蔵さんを鉄道会社の宣伝部長に推挙することです」
「勝蔵を部長に? そんなことしたら、鉄道がブッ壊れるんじゃねえか?」と地区長さんが心配した。
「そうですよ。派手に打ち上げるだけの花火屋に、建設的な活動なんて無理ですよ」と校長先生は大反対だ。
「花火屋だからブッ壊すという発想は、教育者だから聖人なんだという発想と、どこか同じじゃないかなあ」と、茂平さんがつぶやくように言った。
「あなた、それってわたしのことですか?」
「えっ? いや、一般的な意味で…。あらっ? 校長先生は聖人でした?」
「えっ? いえ、聖職です」
「だったらいいんでしょう?」
「ええ、いいですよ」
 何言ってるんだか、本人たちも分からなくなっている。
 心美ねえちゃんが手を上げた。
「はい、どうぞ、心美さん」
「わたしも、心之助の提案に賛成します。勝蔵さんが提案した『おばけ駅案』にも賛成します。わたしたちの使命は現状打破です。当たり前という不確かなカラを破ることです。結果はどうあろうと、まず一歩を踏み出してみるべきだと思います」
 勝蔵さんが「イテッ」と言った。鼻毛を抜いていたのだ。
「ほら見ろ。こんな鼻毛男が鉄道会社の宣伝部長かい?」
「議長、よろしいでしょうか?」と住職さんが手をあげた。
「どうぞ」
「こんな鼻毛男が─とおっしゃいますが、烏帽子山線の廃止を撤回させ、何とかここまでの成果を得たのは、鼻毛男が地区長さんを呼んで来たこと。鼻毛男が花火をブチ上げたこと。鼻毛男が逮捕されて、地区の人たちの目を覚まさせたこと。それらが土台になっていると思うんです。鼻毛男の発想は常にとっぴですが、それが成果につながっているわけですから、わたしは、鼻毛男の宣伝部長に大いなる期待を持ちたいと思います」
「おまえ、それっぽっちの発言の中に、六回も鼻毛男って、それ言い過ぎだろう」と、勝蔵さんが、もう一本鼻毛を抜きながら言ったけど、汚ないからだれも笑わない。
 大原議長が言った。
「ただ今、二つの提案が成されました。一つは『破暮』の駅名を『おばけ』に変更することを県と会社側に提言すること。もう一つは、室岡委員を鉄道会社の宣伝部長に推挙すること。それについての賛否を頂きたいと思います」
 白熱の議論があったのに、のんきないびきが聞こえている。
「採決には委員の全員参加が必要ですので、お休み中の赤イボ先生と門左さんを起こして下さい」
「よしきた」と応じた地区長さん、赤イボ先生の耳元に口を寄せると、「おっ、うな丼だ!」と叫んだ。その瞬間、ピコンと頭を持ち上げた赤イボ先生、「お昼かい?」と言った。
 地区長さんの大声は、三人隣の門左さんにも聞こえたらしい。門左さんもピコンと起きると、目をパチパチさせてから、一気にどどーっとしゃべり出した。
「どんどんどんどん どどどん どん
 天どん かつどん 親子どん 
 きじどん 牛どん 鉄火どん
 玉どん ちらしと あるけれど 
 どんどん一番 うなぎどん」
 これ、寝起きを感じさせない門左さんの即席作品。
「何だろう? この瞬間的才覚って。日ごろのバカ的言動は、能ある鷹の〝バカ遊び〟ということだろうか?」と茂平さんは、いつになく感心している。
「能あるってあなた、ユメの中でも、ひたすらあさましいだけってことじゃありませんか?」と校長先生の感想は、言葉づかいが似合わないほど手きびしい。
 だまされて起きた二人を加え、『破暮駅』を『おばけ駅』にする案は、結果的に反対票と白票が各一票だけで可決された。おばけの風が吹いたのかも知れない。
『勝蔵さんを鉄道会社の宣伝部長に推挙する』というぼくの案は、反対票が二票出た。地区長さんと校長先生だ。でも、そのほかの人たちは全員賛成。委員会として、勝蔵さんを宣伝部長に推挙することが可決承認された。賛成票が思いのほか多かったのは、赤イボ先生と門左さんの頭の中をうな丼が舞っていて、もうろうとした中での採決だったからかも知れない。
 会議のあと、大原さんはこの結果を県当局と会社側に提示した。
「えっ、あの人を宣伝部長にですか!」
「はい。それがユメ会議としての提言です」
 県当局も、また現場となる鉄道会社の経営陣も、これには相当驚いた。しかし、烏帽子山線を県の観光スポットに押し上げるために作った『ユメ会議』。そこからの提言とあっては、受けないわけにはいかない。こうして株式会社烏帽子山線の室岡勝蔵宣伝部長は、めでたくその誕生が決まったのである。

 勝蔵さんが宣伝部長としてやって来ると聞いた鉄道会社の社員たちは、こぞって不安を口にした。
「あの爆弾男が部長として来るらしいぞ」
「えっ、あの向こう見ずが部長だと! そりゃ大変だ。普通の規格に納まらないヤツらしいから、何を言い出すやら」
「もう言い出してるよ。破暮駅をおばけ駅に改名するんだとさ」
「おばけ駅だと〜ぅ? そりゃ地獄だあ!」
「そのメチャクチャぶりだと、発車ベルを打ち上げ花火に切り替えよう─ぐらいのことも言い出しかねないなあ」
ディーゼルの屋根に煙突立てて、煙をモクモクさせろ─とかさあ」
「一心ワイナリーまで枝線を伸ばして、ワイン・パーティー列車を走らせろ─とか」
「美人は乗り放題の無料にしろ─とか」
「まさか、そこまでは…」

 社員たちが戦々恐々の中、勝蔵さんは就任式に臨んだ。
 あいさつに立った勝蔵さんは、ニッコリ笑って切り出した。
「室岡勝蔵、三十歳。若造だから『勝蔵』と呼び捨ててもらっていいっすよ。みなさんの烏帽子山線をニッポン一のローカル鉄道にするため、みなさんと共にがんばろうと思っています。でね、ニッポン一って、そんなにむずかしいことじゃない気がしてね。だって、みなさん、いいアイデアをいっぱい持っているじゃない。発車ベルを打ち上げ花火に切り替えようとか、ディーゼルに煙突ブッ立てようとか、ワイナリーまで引き込み線を伸ばしてパーティー列車を走らせようとか。いいよね。どれも最高だね」
 聞いていた社員たちはオッタマゲタ。あっちこっちでヒソヒソ会話。
「おまえが発車ベルを花火になんて言ったから、えらいことになったじゃねえか」
「地獄耳だあ」
「屋根に煙突とか言ったのは、おまえだろう」
「だれだい、チクったやつは?」
「このままだと、社名も『おばけ鉄道』にしよう─なんて言い出しかねないなあ」
「バカ、呼び込むな。聞かれるだろう」
「もう聞こえちゃったよ」と勝蔵さん。
「はちゃーっ」と頭を抱える発言者。
 とにかく勝蔵さんは型破りだ。就任式を終えると、その日から早くも宣伝部長としての活動を開始した。
 勝蔵さんは発案者を選ばない。だれの考えでも良いと思えば即採用。それを実行するにあたっての壁があれば、避けることなく真正面からぶつかって行く。
 さすがに花火を発車ベルの代わりにすることはしなかったが、ディーゼル車に煙突を立てるという突拍子もない案は、クリスマス・イベントとしてやってのけた。クリスマス当日までの一週間、ディーゼル車の屋根に仮設のエントツを取り付け、その中に発煙筒を仕込んで走らせたのだ。ポッポーッという蒸気機関車の汽笛まで用意したから、見物に集まった線路沿いの子どもたちは大喜び。大人たちまで童心に還って喜んだ。
 六十五歳以上を対象とした年間三千円の「シルバー定期券」も発売した。本人確認が出来る顔写真入りの定期券だ。
 七十歳以上の乗客の場合、付き添い人一人は無料にする制度もスタートさせた。
 この制度は予想以上の効果を生んだ。家にこもりがちだったお年寄りの外出の機会が増えた。家族のきずなが太くなった。お年寄りの健康状態が改善された。これまで以上の敬老精神が芽生えた。そうしたいろいろの効果をに対して、福祉厚生、健康管理、健全社会を目指す官庁部局や各団体から、続々感謝の言葉が寄せられたのだ。