心一つに立ち上がれ!22.

 つぎの日、朝刊の社会面を開くと、きのうの大原総理の記者会見の模様がデカデカと載っていた。
内容は、大きく分けて三つあった。
1.大女優の大原さんが、小さな地域の独立を宣言したこと。(ニッポン国からの独立だから、ただごとではない)
2.会見を事実上リードしたのが小学生だったこと。(並みいる全国の敏腕記者らを手玉に取ったのだから、ただごとではない)
3.この会見を重く見た県当局が、来年三月末に予定していた烏帽子山線の廃線方針を、いったん白紙に戻すことにしたこと。(議会の総意が一女優の会見で白紙に戻ったのだから、ただごとではない)
 ぼくたちにとって特に重要なのは、三つ目だ。うまくすると烏帽子山線の運行が継続される。希望の明かりが見え出したのだ。
 烏帽子山線とは無関係の地域に住む人たちも、この記事には興味を持った。有名女優の独立宣言。飛び抜けたIQ少年。とてつもない大玉花火のぶち上げ男。そんなメンバーがからんだローカル鉄道の存廃問題は、話題性に十分だった。
 勝蔵さんの狙いは大当たり。この記事が出てからというもの、人の集まるところ、烏帽子山線をめぐる独立騒動の話題で持ち切りとなった。とばっちりを受けたのはパチンコ屋さん。客が来てもパチンコをやらない。あっちこっちに人の輪ばかりが目立っている。病院もとばっちり。待合室をお年寄りに占拠されてしまったらしい。ドトールやスタバは一見満席だが、客が動かない。お尻に根が生えて、コーヒー一杯で平均二時間。店員さんはやることがない。減るのは只の水ばかりだ。
 どんな形であろうと、烏帽子山線に人々の関心が集まるのはありがたい。飛べなくなったドードーたちに、ふたたび飛べるつばさが生えかけている。だけど、その仕掛け人が一心じいちゃんだということを、破暮のだれもが気づいていない。知っているのは、ぼくと心美ねえちゃんだけ。ああ、しゃべりたくてムズムズするけど、まだ言えない。
 弱い者に味方することを「判官びいき」と言う。この騒動に関して言えば、弱い立場にあるのは破暮の住民。だから全国からの声援は、大方、烏帽子山線の存続を主張するぼくたちに向けられている。おねえちゃんのブログには〝がんばれメール〟が続々届いて「返事、タイヘ〜ン!」と、うれしい悲鳴。
 烏帽子山線に一度乗ってみよう─という人たちも現れて、その数は日を追うごとに増えている。中でも〝乗り鉄さん〟や〝撮り鉄さん〟は、「何を置いても乗らなくてはマニアを語れない」と思っているらしい。ほんの数週間で烏帽子山線は、人気鉄道の仲間入りを果たしてしまった。
「うわ〜あ、どうしましょう!」と、うれし過ぎてオロオロしているのは、これまでの大赤字で〝七日目のセミ〟みたいだった烏帽子山線運営会社のおじさんたち。社長さんは、とりあえず駅員を増員し、無人の破暮駅にも駅員を配置した。これにより緊急時連絡員だった茂平さんのお役はご免。「肩の荷が降りたよ」と言いながら、茂平さんは、ひどく淋しそうな顔をしている。
 浅ましいのは県議会の議員さんたち。「ゼニ喰い虫」だの「鬼っ子」だのと散々こきおろしていたくせに、烏帽子山線に脚光が当たると、態度をコロリと一変させた。自分たちの手柄のように、その存続を決めた上に、一度は捨てた烏帽子山線を、県の観光事業の目玉の一つに据えたのである。「おまえのようなヘボ投手はクビだ!」と言っておきながら、「ちょっと待て。やっぱりクビしない。エースにする」と言ったみたいなもの。ソデにされたり言い寄られたり、烏帽子山線も大層とまどっているだろう。
 県と運営会社は、烏帽子山線を県の観光スポットに育てるための『ユメの烏帽子山線創出会議』を立ち上げることにした。外部から委員を招いて素晴らしいアイディアをひねり出してもらおうというわけだ。
 だれに委員をお願いするかは重要なこと。ユメを創出するわけだから、ただまじめ一方の人ではダメ。だから、経済学者や交通評論家や鉄道技術者ではなく、常識にとらわれないユニークな発想の持ち主がいい─というわけで、まず白羽の矢が立ったのは女優の大原美津江さん。知名度バツグンだし、この路線の存続を訴えて独立騒動まで起こした人。情熱にかけては天下逸品。「ピカ一の適任者」という選択だった。
 二人目の候補は天才少年の星心之助。つまりぼく。IQ175の頭脳は、カネとタイコで探しても、そうは見つからない。宣伝効果という点でも、大原美津江に肩を並べる逸材だ─との選択。
 三人目の候補は、花火職人の室岡勝蔵さん。「あの男はクスリか毒か判らない。へたをすると、烏帽子山線をボロボロにされるぞ」─との意見も出たそうだが、「ここぞのときこそ暴れ馬。ハサミと同じで使いよう」─と、めちゃくちゃな評価を受けて、賛否ギリギリの選出だった。
 委員への就任を要請された大原さんと勝蔵さんは、「乗りかかった船だから」と快く引き受けた。
 ぼくは断るつもりだった。そんな面倒なことゴメンだ。「名誉もおカネもいりません」と言いたかった。ところが、ユウレイとは恐ろしい。一心じいちゃんが、あれ以来ぼくの体をコントロールしていて、委員への就任を頼みに来た運営会社の人を前に、ぼくにこんなことを言わせたのだ。
「亡き祖父が愛した烏帽子山線のことですから、その発展のためならば、たとえ火の中水の中、この身が怒濤と砕け散ろうと、真実一路の道一本、心血注いでがんばらせて頂きます」
 どの口から出る言葉だ! ひどいよ、まったく! 
 運営会社の人が帰ってから「じいちゃんのバカ!」と叫んだら、じいちゃんが壁の奥からス〜ッと現れ、「ウヒヒヒヒ…」と怪しく笑い、すぐにス〜ッと消えてしまった。

『ユメの烏帽子山線創出会議』(略してユメ会議)の委員長は大原さんに決まった。委員の総数は十人。勝蔵さんとぼく以外に七人の委員を選出しなくてはならないが、その人選は、委員長である大原さんに任された。
 その大原さん、ただちに七名の委員を選出した。地区長さん、赤イボ先生、門左さん、校長先生、茂平さん、三代目住職さん、心美ねえちゃん。破暮駅のホームで一心民主国の独立を叫んだ誇り高き人たちである。
 こんなメンバーを選んだ大原さんってすごい! でも「えっえっえーっ!」と叫びながらも、「大原さんが選んだんだから仕方がない」と、その人たちを受け入れた県や運営会社の人たちも、ぼくは相当すごいと思った。
 選ばれた人たちの反応は、それぞれにおもしろい。赤イボ先生は、いつもより腰を伸ばして歩き出したし、茂平さんは、ディーゼルが通る時刻には何を置いてもホームに立つようになったし、校長先生は、教育委員会から支給されている名刺のほかに、自分で作った『烏帽子山線創出会議委員』という肩書入りの名刺を持つようになった。
 地区長さんの口ぐせは、「ビール恋しや、枝豆ホイホイ」から「鉄道一番、大豆が二番、三時のおやつは枝豆だ〜っ」になった。
 ディーゼルが通過する時刻になると、ノートとエンピツを手に線路ぎわに現れるのは門左さん。どうやら、烏帽子山線の歌を作っているらしい。
 みんなそれぞれに張り切っているけれど、ぼくは、そこまでの気分になれない。だってシップ薬じゃあるまいし、一心じいちゃんがぼくの心にピタリと貼り付いたままなんだからね。例えばトイレ。こっちが息んでいると、(そら、もっと力を入れんかい!)なんてことを言ったりする。
 心の中を覗きたがるのもやめて欲しい。一年下のミサエちゃんと道で出会うたび、(好きなら好きと言ったらどうだい?)─なんてことを言う。余計なお世話だよ。
 じいちゃんが貼り付いていることで、良いと思うこともないわけではない。その筆頭は、モノに動じなくなったこと。最近は、だれとでもビビることなく話が出来る。そこには想像を超えた痛快さがある。自分の知らないことを自分が話す。そのことで身に付く知識もたくさんある。ぼくは、しゃべるたびに学んでいる。ありがたいことだと思う。じいちゃんは、元々モノ知りだった。それがユウレイになったことで、ますますモノ知りになった。あれこれ見通す能力が加わったからだ。じいちゃんの名案・名言が、ぼくの口からポンポン飛び出す。
 最初の『ユメ会議』が開かれる日、ぼくの部屋に一心じいちゃんが現れて言った。
「心之助」
「何?」
「おまえもだいぶ度胸がついて来たようだから、これからは、アチがおまえの口を借りて言うんじゃなく、おまえがおまえの言葉で言うことにしよう」
「どういうこと?」
「アチがおまえに言わせたいことを、アチがおまえの口を借りて言うのではなく、アチはアチの考えをおまえに話す。おまえはそれを、おまえの言葉で相手に話す」
「ええ〜っ」
「そうなると、これまでみたいにボケッとはしておれんね。アチの言いたい内容を、おまえが理解しなくてはしゃべれんからね。まあ、ユウレイと人間のコラボレーションってわけね。ウッヒヒヒ…」
「ムリだよ、そんなの」
「いいかい? いずれアチは三途の川を渡ってしまう。そうなったら、おまえは元のおまえだよ。あの天才少年は何だった─ということになる。困るのはおまえだ。そうならないように、いまから新しいおまえを目指すってこと。どんな人にも考えはある。それを、自信を持って伝えればいい。人間の価値は、それをやるかやらないかで決まる。やってみたらいいよ〜う」
 ぼくは考えた。ぼくはこれまで、思ったことの半分も口に出せていない。じいちゃんが言おうと思うことを噛み砕いて、それをぼくの言葉にして話す。とてもむずかしい。だけど、そのことで新しい自分を生み出せるのなら、やってみる価値があるかも知れない。
「分かった。やってみるよ」とぼくは答えた。
 
 初めての『ユメ会議』が開かれた。ぼくにとっては、じいちゃんからの指示を自分の言葉に直してしゃべる最初の会議だ。緊張ぎみに席に着くと、さっそくじいちゃんからの指令が出た。
(勝蔵を鉄道会社の宣伝部長にしろや)
 マジかよ─とぼくは思った。勝蔵さんは大好きだが、それとこれとは別。(こんな暴れん坊に、鉄道会社の部長さんが務まるの?)って感じ。でも、それが指示なのだから仕方がない。
 会議をリードするのは大原さんだ。
「わたくしたちの使命は、烏帽子山線を二度と廃線の危機にさらさないこと。そのためにやらなくてはいけないことは、あの路線をニッポン一の人気鉄道に仕立てることです。では具体的にどうしたらよろしいのか。みなさまからの、目からウロコとなるご提案をいただけたらと思います。どなたからでも、ご発言をどうぞ」
 勝蔵さんが真っ先に手を上げた。
「はい、室岡勝蔵さん、どうぞ」
「おれは、破暮駅の名を『おばけ』に改名することを提案しま〜す!」
「破暮駅をおばけ駅に?」
「そう」
「なぜ?」
「この会議が生まれたのは、烏帽子山線がちょっとしたブームになり、そのおかげで存続が決まったこと。なぜブームになったかと言うと、おれたちが独立騒動を起こしたこと。なぜ独立騒動が起きたかと言うと、あの駅のホームに一心さんが現れて、『ニッポンからの独立だーっ!』と叫んだこと。ねっ、烏帽子山線の存続は、あの日の一心さんの叫びから出発しているんだ。だから、その精神をあの駅に残す。そうすることこそが、烏帽子山線の繁栄につながるんだとおれは思う。駅名としては『一心』でも『ユウレイ』でもいいんだが、パンチ力と明るいユーモアといった点から考えて、おれは『おばけ』を押したい。どう?」
「おばけねえ。う〜ん」
 大原さん、うなってしまった。