心一つに立ち上がれ!21.

 一心民主国総理の記者会見場。大原総理に代わって、同国スポークスマンとして登壇したぼく。そのぼくが、胸を張って話を進める。
「さて、話を戻しましょうかね。国家の独立事例を述べよ─との質問でありましたな。国家の独立とは、既存の主権国家に属する領域の一部や従属領域が、その国家領域や宗主国から分離独立することを指すわけでありますな」
(何のこっちゃ?)と、ぼく自身であるほんとうのぼくが当惑しているのに、ほんとうではないぼくの話が続く。それを取材している記者の人たち、ぼくの口から出ている言葉を理解しているのだろうか? ほとんどの記者さんたちはメモを取る手を止め、豆デッポウを喰らったハトみたいな顔でぼくを見ている。
 同じくらい驚いているのは、演壇でぼくのとなりにいる大原さん。転がり落ちるのでは…と思うほど目ん玉をむき出して、食い入るほどにぼくを見ている。
 カメラマンたちは、さすがにプロだ。びっくりすればするだけシャカシャカとフラッシュをたいている。ぼくはもう(どうとでもなれ!)の心境で、動く口に任せてしまった。
「さあそこで、先ほどのご質問じゃが、今回と同様の主張を持って独立宣言をした国についての、具体的な事例を述べるとしましょうかね」
 動く口に任せてしまうと、少しばかりの余裕が生まれる。自分で言っていることが解らないから、口は口、頭は頭で、しゃべりながら別なことを考えたりする。こんなときに、ひもの屋が来たら面白いのになあ─とかね。
「独立事例はいくらでもあります。つい最近もスコットランドが英国から独立するか否かの住民投票を実施したが、あれは独立失敗例。スペインのカタルーニャ自治州も独立を望んでいるが、あれもまだまだ時間がかかる。独立宣言に至った国を並べると、まずラコタ共和国。これは北アメリカのインディアン民族の団体が、二〇〇七年十二月にアメリカ合衆国からの独立を宣言した国家です。つぎにセボルガ公国。これはイタリアの北西部、山間の標高五〇〇メートルほどの所にあるセボルガで、そこの地域住民が独立宣言したわけです。ちなみに、人口およそ320人。わが一心民主国は600人ですから、わが国の約半分という極小国ですな。三つ目はシーランド公国。これはイギリスの沖合い10キロほどにプカプカ浮かぶ、人工の構築物を領土としている国です。だからちっこい。バチカン市国より面積が小さいことで、彼らは世界最小の国家だと主張しとりますなあ。しかし、人口で最も少ないのはハット・リバー王国でしょうな。これはオーストラリアの一人地主が、自分の所有地をオーストラリアから独立させたものでして、国民は、その家族と使用人だけ。それも気軽でいい。さてつぎは…」
「あっ、もういいです。分かりましたから」
「まだ半分も紹介しとらんが…」
「いいです、いいです。で、一心民主国の今後のご予定は?」
「現在は暫定的な独立宣言の段階ですが、烏帽子山線の廃線方針が撤回されないということならば、ニッポン国に対し、アチらが所有する破暮地区の私有地共々の分離独立を通告し、ただちに一心民主国の名のもとで、独立国としての行政をスタートさせます」
「あなたは現在、日本の小学校に通っていると思われますが、独立を果たした場合、そのあたりはどうされるおつもりですか?」
「拒否されない限り、継続通学いたします。わが国は友愛の国。こちらから一方的に友愛の絆を断つつもりはないからです。逆も同じ。いかなる国家・人種に対しても、わが国から門戸を閉ざすことはいたしません。それが、わが国が掲げた憲法の精神です。その憲法とは…うん、これは大原総理だな。大原総理、わが国の憲法を…」
「えっ? あっ、はい。え〜と、読み上げます。『一心民主国憲法一条。国民こぞって平等にして国内外を問わず、また民族の違いを問わず、いかなる場合においても友好を第一義とすべし。これに反した場合、国民の三分の二以上の意を以て、違反者は当国国民としての権利を失うものとする』─以上。憲法はこの一条のみです。なお、商法、民法、刑法等法律全般にわたっては、ニッポン国同様に個々の細則を設け、適切に対処いたしてまいります」
 突然の指名を受けた大原さんだが、さすがに銀幕のセンターを張った貫禄だ。ぼくの指名(?)を、何とかうまく切り抜けた。
 ぼくは続ける。ぼく自身の意思とは違う特別な意思の力に押されて。
「お分かりですかな。かかる憲法のもと、独立後も万国との友好は保つわけですから、ニッポン国とも、既存の関係をあえて壊すつもりはないということです。ただし、先方からの拒否や戦線布告があれば話は別です。いずれにせよ、現時点ではそれを語る状況にはないわけで、この件についてのこれ以上の言及は避けましょう。現段階では、隣国ニッポンの人間らしさを信じるのみですな」
 何言っているんだか、チンプンカンプンだ。
 ここで、幕間から勝蔵さんがトコトコと現れた。これ以上続いたら、幕の内側の人たちの心臓がもたないと思ったらしい。
「時間がまいりました。以上を持ちまして、一心民主国の大原総理、ならびに星広報官の会見を終了させて頂きます。本日は、お忙しい中、ありがとうございました!」
 一方的ともとれる終了宣言ではあったが、タイミングとして悪くはなかった。大原総理が立ち上がると、記者たちの多くが立ち上がった。一部の記者は、ノートパソコンを開いて、その場で記事を書き始めた。
 大原総理が幕間に戻る。ぼくもフラフラ楽屋に戻った。
「くたびれた〜あ」
 断りもなくスポークスマンとかをやらされたぼくは、楽屋に戻ると、くずれるようにイスにもたれかかり目を閉じた。
(うん?)
 ザワッとした空気の動き。あの人たちだ。ひそひそ話が始まった。
「これ、ほんものかい?」
「見た目はほんものだ。でも、言葉は心之助とは思えんなあ」
「息、しているかい?」
「してますねえ。ほら、お腹がかすかに動いているでしょう」
「どこかに、ゼンマイを巻くネジかなんか付いていないかい?」
「ひっくり返して、背中、見てみます?」
(ロボットのおもちゃじゃないっつうの!)
「おでこ、指パッチンしてごらんよ」
「そんなことして、いきなり噛みつかれたりしないかなあ?」
 ぼくはムラッとした。閉じていた目をバカッと開け「いい加減にしてくれーっ!」と叫んでやった。
「うひゃ〜っ」と両手で頭をおおったのは、意外にも地区長さん。
「まぎれもない」と赤イボ先生が言い、茂平さんは「あら〜あ、やっぱりほんものだわ」と言った。
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五ウン皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色…」
「おまえ、驚くたびに般若心経なんか唱えるなよ」と、勝蔵さんが住職さんにひじ鉄を喰わせた。
「いてっ。般若波羅蜜多…」
 七五調に節をつけて、すぐ踊りたがるのは門左さん。
「人は見かけに よらぬもの
 大根むきむき 和尚さん
 前科一犯 勝蔵さん
 患者のような お医者さま
 子どもが国を 動かした」
「門ちゃん。あんた、よくヘロヘロと言葉も腰も動くねえ。まあ、それも一つの才能だろうけど、患者のようなお医者さまって、そこんところは、わし、あまり好かんなあ」
 このあたりまでのやり取りは、ある意味、破暮の里の日常と言える。心底、目を丸くしているのは校長先生だ。まだ一言もしゃべっていない。
 大原さんの驚きぶりも大変なもの。
「驚きました。神さまの降臨ではないかと…。そして救われました。もしもあなたが神ではないとするならば、あなたさまは、一体全体何者でしょう? マスコミの手だれを苦もなくナデ切りにしたのですよ。ただの小学生であるはずがありませんもの」
「確かに」と、みんなもうなずいた。そうした空気に包まれていながら、ふしぎなのは心美ねえちゃん。一人でクスクス笑っている。
「ちょっとちょっと、心美ちゃん。どうしたの、その笑い? 遺伝子の関係? 心之助くんとツーカーってこと?」と住職さんが真顔で聞いた。
「そうじゃなくて…この子、普段はオッチョコチョイっぽく見せているけど、IQが175なんです。家では、いつもこんなもんなんですよ」
「えっ、えっ、えーっ! IQ175と言ったらあなた! 天才ですよ!」と叫んだのは、そこまでは、ただ驚くだけだった校長先生。アインシュタインを見るような目で、ぼくをなめるように見回している。
 みんなの目も、新種のサルでも見ているような目。そりゃ驚くさ。だれよりも驚いているのがぼくなんだから。IQが知能指数を表すものとは知っているが、ぼくが175だったなんて聞いたことがない。「家ではこんなもの」─この発言もあり得ない。「ぼくのコロッケ、おねえちゃんのより小さいよ!」とか、「お父さん、早く出てよ。もれちゃうよ!」とか、それが家での「こんなもの」なのに。心美ねえちゃんは、何を企んでいるのだろう。
 そのおねえちゃんが、みんなの輪からぼくを引っ張り出して、耳元でささやいた。
「よくがんばったね」
「えっ、どういうこと?」
「あらっ? その理由も知らないで演じていたの?」
「演じていたって?」
「スポークスマンよ」
「あんなの、演じてなんかいないよ。口が勝手にしゃべくりまくっただけだ。えっ、おねえちゃん、そのわけ知ってたってこと?」
「もちろんよ。だって、さっきおじいちゃんが言ったじゃない。あんたの体を借りるって」
「えーっ! あれかあ」
 言われて初めて気がついた。
「ひどいよ、一心じいちゃん。説明もなくやらせるなんて。最初のうち、心臓が止まるかと思ったよ」
「それは、あとでおじいちゃんに抗議したらいいわよ。でもね、作戦は上々だから、このことは、みんなにはしばらく内緒ね。ユウレイがあんたを支配したなんて知れたら、せっかくの作戦も水のアワになっちゃうからね。わたしたちの目的は、あくまでも烏帽子山線の廃線撤回。それまであんたには、天才少年のままでいてもらわなくてはね」
「そんなあ…」と言ったとき、一心じいちゃんの声が届いた。
「何もかも破暮のため。ここはひとつ、アチの孫としてがんばってちょうよ」
「もう、じいちゃんったら」とぼくは、周りに気づかれないような声で抗議をした。それに対してじいちゃんから返ったのは、「ウッヒッヒッヒッ…」の笑いだけ。すぐにス〜ッと消えてしまった。