心一つに立ち上がれ!20.

 破暮の人たちが、昨夜、全員同じユメを見たと言う。ユメの中に神さまが現れて、「烏帽子山線が廃線になったら、破暮の里は滅びるよ〜っ」と言ったのだと。
 地区長さん、ふり返って赤イボ先生に聞いた。
「先生、そんなユメ見た?」
「うんにゃ」
「校長、あんたは?」
「いいえ」
「だれか見た?」
 一心民主国の面々は、全員首を横にふった。
「だれも見てねえぞ」
「こっちは見たんだ! ばかやろー!」
 とうとう地区のみんなは怒り出した。
「分かった分かった。おまえたちは見たんだよな」
「だから何とかしろと言ってんの! 座して死を待つわけにはいかねえべ。どうしてくれるんだい地区長!」
 ホームの上で、地区長さんに詰め寄る人たち。その輪を押し分けて、中央に出たのは大原さんだった。
 大原さんは眼光鋭く、ぐるりと周囲を見回して言った。
「もちろんです! 座して死など待ちはしません!」
「あらっ? あなたって、あの方ですよね? 女優の大原美津江さん」
「はい、大原です」
「すると、きのうの騒動は本気だったんだ」
「もちろんでございます」
「おれらの味方なんだね、大原さん?」
「当然です。破暮の里を滅ぼすわけにはいきません」
「ですから人権闘争しかないんです!」と勇ましく吠えたのは、ぼくんちジャンヌ・ダルクだった。
「聴いてくれ!」と勝蔵さんが、ベンチに飛び乗って叫んだ。
「大原さんもおれたちも、烏帽子山線の廃線は認めない。だからおれたちは、このニッポンから独立する。おれたちの国は、すでにきのう誕生している。名は一心民主国。その建国と独立を、大原さんがあすの記者会見で宣言する。さらばニッポン! 目下の国民は、ここにいるおれたち十・五人だけだが…」
「何だ、その十・五人の中の〇・五てぇのは?」
 言われて勝蔵さん、周囲を見たけど一心じいちゃんが見当たらない。そこで「十人だけ…」と言い直した。
「一心民主国の国民となることを希望する者があれば、おれたちは何ビトであっても拒まない。希望する者は名乗り出てくれ」
 ここは魔物がひそむプラットホーム。怪しい空気がその場を包み、目には見えない魔物の手が、みんなの心をワシ掴む。最初に坂下の次郎作じいさんが名乗り出ると、そこからはわれもわれもと名乗り出て、新国民がポコポコ生まれた。

 翌日、大原さんの緊急記者会見が行われた。会場は破暮高校の講堂。「わたし、清水の舞台から飛び降ります」と、校長先生が独断で講堂を開放したのだ。勝蔵さんも驚く大英断。校長先生の株がバ〜ンと跳ね上がった。元々が、かなり下の方にランクされていた株だから、上がり方が目立つ。茂平さんなど「あとで恐ろしいことが起こらなければいいが…」と言ってしまったほどである。
 その校長先生、自分の決断の大きさに身を固くし、講堂の入り口付近でアヘアヘしている。
 大原さんは貫録だ。こうと決めた信念は、決してゆるぐことがない。前日大原さんは、『ニッポンからの独立宣言!』と書かれたプレスリリースをマスコミ各社にFAX送りしていた。それを見た各社は驚いた。大物女優の緊急会見。しかも、『ニッポンからの独立宣言』とは穏やかではない。「一体何が飛び出すのか!」というわけで、ふたを開けたら来るわ来るわ。新聞各社にテレビ各社、ラジオ局や週刊誌まで駆けつけた。 
「おっそろしいことになったなあ」と、茂平さんがオロオロしている。
 門左さんは楽しそう。パソコンで打った一心民主国国歌の歌詞を大枚コピーして、あの腰つきでヒョコヒョコ記者さんたちに配って回っている。
 地区長さんは、2リットルのペットボトルの麦茶を手放さない。きょうもまた枝豆どころではない。緊張のあまり、ノドが乾いて仕方がないのだ。
 定刻の午後二時、勝蔵さんが演壇に立った。
「長らくお待たせいたしました。ただいまより、烏帽子山線の廃線に抗議し、ニッポンからの独立を目指す暫定国、一心民主国の大原美津江総理の記者会見を開催します。では、大原総理、お願いします」
 幕間から大原さんが登場した。落ち着いた表情。にこやかに会釈をすると、物腰もしなやかに演壇のイスにかけた。
 カメラのフラッシュが、一斉にたかれる。こうした場を心得ている大原さんは、そのフラッシュが収まるのを待って口を開いた。
「一心民主国の大原美津江でございます。この国は現時点では暫定国ですが、交渉国ニッポンの出方によっては、正式にその独立を宣言いたします。と申しますのも…」
 大原さんは会見の趣旨を、よどみなく話している。ぼくと心美ねえちゃんは、楽屋の下手の幕間から覗き見ている。
「面白くなったなあ」
「えっ?」
 ふり向くと、一心じいちゃんがニコニコと真うしろの宙に浮いていた。
「わっ、おじいちゃんだ」とぼく。
「仕かけたの、おじいちゃんでしょう?」と心美ねえちゃんが言った。
「分かったかい?」
「分かるわよ。あんなこと、人間にはできないことですもの」
「さすがは心美だ。それにしても楽しいねえ。あんなにうまくいくとは思わんかった」
「それって何のこと?」と、ぼくは心美ねえちゃんに聞いた。
「ユメのことよ」
「ユメ? …あっ、あれかあ!」
 破暮の人たちのユメの中に登場した神さまは、一心じいちゃんだったのだ。
「ねえ、おじいちゃん、この結末はどうなるの?」
「いま、面白くなったと言ったろう。どんなに面白くなるかは、これからのお楽しみだな。ところで心之助」
「何?」
「しばらくの間、アチ、おまえの体を借りようと思う」
「ぼくの体を?」
「心配はいらん。おまえは、空気のようにしていればいい」
「どういうこと?」
「ウホホホホホ…」と笑いながら、じいちゃんはスゥ〜ッと消えてしまった。意味不明。
 会場に目を戻すと、大原さんによる会見の趣旨説明が終わり、記者との一問一答に入っている。
「赤字鉄道をバスに切り替える。それだけのことで日本からの独立ですか?」
「それだけのこと? いいえ。これは切実な問題なんです」
「でも、どう見たって現実的とは思えませんよ。国家としての独立ですよ。それも、ここは国土の真ん中ですよ。『カバのヘソが、その図体からの独立を宣言する』みたいなもんじゃないですか。意表を突いた新作映画のPR作戦か何かじゃないんですか?」
「とんでもございません。ニッポンはカバではございませんよ。もちろん、新作映画のPRなどでもございません。これは国民同等の権利を持ちながら、権力者によって切り捨てられようとしている地区住民の、命をつなぐ戦いなのです」
「そうは言っても、日本という領地のド真ん中に、針の穴ほどもない独立国なんて、人を喰った話じゃないですか」
「それは〝上から目線〟の主張です。わたくしどもは、その〝上から目線〟の犠牲者なんです。何としても人間で在り続けたい。これ、人間としての最低限の主張なんです」
「島とか隣接地の切り離しとか、そういった意味での独立運動なら例はいくらもあるだろうけど、一匹のタラのお腹のタラコの一粒だけがタラじゃない─みたいな話じゃないですか。そんなの、酔っ払いの言いがかりだよ。もしもですよ、ほかに同じような独立事例があると言うんなら、それを教えて下さいよ」
 記者も熱くなりかけている。
「よそさまの例までは…」
「大原さん、われわれは、大女優であるあなただから、こうしてテレビ機材まで持ち込んだんだ。ただのおとぎ話にふり回されたんじゃ、たまりませんよ」
「おとぎ話ではありません! わたくしどもは真剣なんです!」
「だったら、他の独立事例を言ってみてよ!」
「ですから、よそさまのことまでは…」
「だから、おとぎ話だと言ったんだ。説明の体を成してないじゃないか!」
 大原さん、大苦戦。
 幕間からその様子を、手に汗して見守る心美ねえちゃんとぼく。反対側の幕間からも、勝蔵さんや地区長さんたちが、心配そうに覗き見ている。
「大原さん、負けそう。だれか手助けできる人、いないのかしら」
 ジリジリしている心美ねえちゃんの肩に手をかけて、ぼくは、すっくと立ち上がった。
(えっ、何?)
 心美ねえちゃんは驚いたようだが、立ち上がったぼくだって、とんでもなく驚いている。ぼく自身、立とうとした覚えがないのだ。
(えっ、えっ、えーっ)
 足が勝手に動き出した。幕間から出て舞台をトコトコ演壇に向かう。記者さんたちの質問が止まり、会場の目がぼくに集まる。
(あらららら?)と思う間もなく、ぼくは大原さんの脇に立った。そしてぼくは、自分では思ってもみない言葉を発した。
「その質問、アチからお答え申しあげよう」
「何だ、きみは?」
「姓は星、名は心之助。一心民主国のスポークスマンですな」
「子どもじゃないか。まだ小学生だろう?」
「来春には中学生ですな」
「つまり小学生じゃないか。遊びじゃないよ。子どもの出る幕じゃない。それとも、子どもを使ったタチの悪い新手のPR作戦かい?」
「スポークスマンと言うたよ。それが子どもではいかんの? あんたんとこは、恐れ多くもこの天下を、年齢や職業という色メガネで見とるの?」
 ぼくの口から飛び出す言葉って何だ? スポークスマンって何? この口の利き方って何? 自分でも使ったことのない言葉が、口からスラスラ飛び出して行く。
「いや、真面目な会見と言うなら、年齢を問うことではないけどね」
「あんたの社は、真面目だと宣言しない限り、子どもを信じないということですな」
「いや、そんなことはない」
「では、どんなこと?」
「いちいちきみ…」
「いちいちとは?」
「そうからまれても…」
「からまれても? だれがからんどる! 答えにつまってからんどるのは、あんたの方だろう! よろしい。在来のテレビ諸君。このやり取りをノーカットで放映してくれたまえ。どちらに理があるか、視聴者の判断にゆだねようではないか」
「そんなきみ」
「そんな何かね?」
「いや、いきなりきみが出て来たもんだから…。いや、わたしがいけなかった。謝るよ。ねっ、ごめんなさい!」
「あんた、何新聞?」
「…」
「ほ〜う、取材対象を前にして、自身を名乗らぬマスコミがあったとは驚いた。これもニュースだ」
「ちょっと待って。隠してなんかいませんよ。うちは朝売新聞ですよ」
「有名な全国紙じゃないか。記事をね、不平等な手で書いてはいかんよ。あんたんとこのあすの朝刊、アチ、楽しみにしておるからね」
 驚きの目、好奇の目、会場全体がふしぎな空気に包まれている。ぼくも、ぼく自身の心の中ではギョギョッの連続だ。
(ぼくって、つぎは何を言い出すんだろう?)