心一つに立ち上がれ!19.

 勝蔵さんが、警察官に引き立てられてホームに上がって来た。その手に手錠がかかっている。無届けでの大玉ぶち上げ。それが迷惑防止条例違反だとかで、勝蔵さんは現行犯逮捕されたのだ。冷たく光る金属の輪。ぼくはすごくショックだった。
 ホーム上のぼくたちも、あれやこれやと事情を聴かれた。
「あとはくわしく署で聴こう」
 勝蔵さんの違法行為を手助けした疑いとかで、手錠はかけられなかったが、大原さんと地区長さんも、勝蔵さんといっしょに警察署まで連れて行かれた。

 つぎの日の地元新聞は、この一件を大々的に報じた。
無人駅ホームを舞台に大原美津江迷演。地元名士らも関与』という大見出しの記事は、つぎのようなものだった。
『二十一日午前、無届けの違法花火が打ち上げられ、事情を知らない地元民らを騒然とさせた。花火は、烏帽子山線の無人駅「破暮駅」構内から打ち上げられた全十発。いずれも、三尺玉と呼ばれる直径九十センチの超大玉。打ち上げたのは破暮の花火師室岡勝蔵(30)。通報を受けた深草署員が駆けつけ、室岡容疑者を現行犯逮捕するとともに、打ち上げほう助の疑いで、女優の大原美津江さん(55)と破暮地区長の飯田伝五郎氏(66)の任意同行を求め、騒動に至ったいきさつを聴いた。
 それによると騒ぎの発端は、来年三月末に予定されている烏帽子山線の廃線にあった。同廃線は「国および県による破暮住民の切り捨て政策」だとして、地区有志らが無人の破暮駅ホーム上で抗議集会を開いたもの。
 集会では国への怒りが爆発。大暴走の末、有志一同「日本国からの独立」を宣言するに至った。ただちに憲法が起草され、国旗・国歌も制定された。三尺玉の打ち上げは、それを祝してのものだった。
 もちろん独立は真意ではなく、うっぷん晴らしの即興娯楽的なものではあったようだが、銀幕の女王、地区長、診療所長、僧侶、高校長、作詞家ら、同地区の名士らが顔をそろえての迷芝居であってみれば、これで一件落着なのか、今後の動きが注目される』
 大原さんというスター女優がからんだ出来事だったことから、この一件は地元紙だけでなく、全国ネットのテレビやラジオ、夕刊以降の全国紙でも報じられた。

 勝蔵さんは、留置場で一夜を明かし、つぎの日釈放された。自由の身とはなったが、無罪ではなく有罪。略式裁判で罰金三十万円を科せられた。
 勝蔵さん釈放の知らせは、事前に警察から地区長さんのもとに届いた。悪ふざけの末、身柄を拘束されて三十万円の罰金刑。騒ぎを起こした共犯者として、だまっているのは心苦しい。地区長さんは、きのうのメンバーを破暮駅のホームに集め、意気消沈の勝蔵さんをみんなで慰めようと提案した。
 もちろん、この呼びかけに全員が応じた。
 勝蔵さんを警察署まで迎えに出たのは大原さんだ。勝蔵さんを乗せた大原さんのベンツが、麦畑の向こうから現れた。
「おっ、来た来た。きょうばかりはロハ校長、優しくあいつを迎えてやんなよ」
「ええ、それは分かっていますけど、まさかあの男、三十万を折半しろとは言わないでしょうねえ。断っておきますが、花火の打ち上げは彼が勝手にやったこと。わたしたちとしては、これっぽっちも頼んでいませんよねえ」
「そりゃまあ、そうですけど、罰金全部を勝一人に持たせるというのも…。金額が金額ですから…」
 住職さんが言いにくそうに、かつての恩師に異議を唱えている中、ベンツは駅舎に横付けされた。
 助手席のドアが開いて、勝蔵さんが飛び出した。思いのほか元気そう。ホームのみんなを見つけると、「よう!」と手を上げ、ドドドドとホームにかけ上って来た。
「牢屋で一晩だ。つらかったろうなあ」と地区長さんが慰めの声をかけると、勝蔵さんは「ガッハッハッ…」と笑い出した。
「頭に来ちゃってるよ、こいつ。三十万が、よほどこたえたんだなあ」と地区長さん。
「人生は長いよ。くじけちゃだめ。財布を落としたつぎの日に、ロト6が当たることだってあるんだから…」と茂平さんも慰めた。
喝采浴びて いい気になって
 火の粉かぶるは ひとりじゃないか
 トシは三十 罰金三十
 せめて花火の 花びらで
 背中いっぱい あでやかに
 やけどの花でも 咲かそうかい
 ああ勝蔵の 男泣き」
「ポンポン出るのに、なんであんたの歌は売れないんだろうねえ」
 首をかしげる地区長さんに、門左さんは「ほっほっほっ…」と笑ってうなずく。
 赤イボ先生が、三年はいて伸びきったパンツのゴムひもみたいなノドの皮膚を、ブヨ〜ンとつまんで悲しそうに言った。
「なあ勝蔵くん。カネで済めばバンバンザイさ。カネを積んでも老いは止まらん。あんたにはまだ、あしたがある。それが大きな救いなんだよ」
 勝蔵さんが、取り巻くみんなを見回して言った。
「ねえねえ、どうしたの? 何みんな沈んでるの?」
「何沈んでるのって、みんなは、勝の罰金三十万を気の毒がっているんだよ」と住職さんが伝えると、「何だ。そんなことかあ」と、勝蔵さんは笑い出した。
「そんなこと? 太っ腹だねえ、おまえ」
「そうじゃないの、地区長。カネはね、全額ポ〜ンと総理が払ってくれたの」
「大原さんが?」
「当然でございます。花火の打ち上げは、一心民主国としての国民栄誉賞に値しますからね。総理大臣である以上、応分の負担がなくてはいけません」
「へ〜え」
 罰金三十万円をポ〜ンと肩代わりした大原さん。いよいよみんなは、天下の大女優さんを、まぶしい目で見つめている。
「どうだろう、この違い。黙ってポ〜ンと三十万円。ねえねえ校長先生、聞こえてるんでしょう? あなた、どっち見てんの?」
 茂平さんに肩をゆすられても、まだ校長先生、雲だか鳥だかを見上げている。口の中でブツブツ何かを言いながら…。
「それにしたって、たかが遊びに三十万とはねえ」
 そう言って大原さんを振り返った地区長さん。つぎの瞬間「あなた!」の声に飛び上がった。
「ひゃ〜っ!」
 地区長さんの耳元で、大原さんが叫んだのだ。
「たかが遊びとは何ですか! だれが、たかが遊びだったのですか!」
「いや…あの…あたしは…」
「地区長!」
「はい!」
「答えなさい!」
「たかがじゃない!」
「そうです! 心一つにどこまでも、です!」
「本気だわ、この人」とつぶやいたのは赤イボ先生。聞こえないように、みんなの輪から少しうしろに下がっている。
「わたくしはあした、一心民主国の総理大臣として、記者会見に臨みます。やろうと決めたら最後まで。これぞ、一心チャチャチャの国民性です」
「そうです!」と叫んだのは心美ねえちゃんだ。
「やろうとしたことは、トコトン最後までやり通す! 今こそわたしたちは、一心民主国の心意気を見せるときです!」と心美ねえちゃんは、上気した顔で言い放った。
「こわっ」と茂平さん。
「釈迦もキリストも坂本竜馬も、神や偉人を産んだのは全部女だ」と赤イボ先生。地区長さんや茂平さんは、ようやく気づいたように、二人の女性を見比べている。
「なあ鈴木、きのうのこと、新聞に載ったんだろう?」
「うん。ドカ〜ンと載ったよ。きょうは朝から学生時代の友人や、料亭時代の仲間たちから電話殺到。みんなそれ読んで『おまえ、何、バカやってんの?』みたいな話ばかりだけどね。父も複雑な気持ちらしい。このこと、総本山には知られたくないんだろうな」
「そうか。大成功だな」
「どこが?」
「どこがって、おれたちは今、烏帽子山線の廃止撤回を訴えているんだぞ。『烏帽子山線の沿線住民は、日本からの独立を辞さないほどのダメージの中にある』─という心情を世間に伝えることができたんだ。世間を味方につける。それが万死一生の道だよ。新聞報道大いに結構。ありがたいことじゃねえか」
「なるほど」
「追い討ちをかけるように、あしたは総理が記者会見を開く。面白くなるぞ」
 破暮駅のホームには、魔物がひそんでいるらしい。きのうと同じようなワクワク感が、ふたたびホーム全体に広がって行く。
「見て、あの太陽を。一心民主国にも、天は同等の光りを与えてくれているんです。わたしたち、やりとげましょう!」と、心美ねえちゃんが、太陽に両手をかざして叫ぶように言った。
ジャンヌ・ダルクだなあ」
会津藩新島八重のようでもある」
 校長先生と赤イボ先生がうなずき合ったとき、またタイヤのきしむ音がした。
「よせよ。また警察かい?」
 麦畑の向こうから、何台もの車が走り込んで来る。
「警察じゃないな。ピコピコが点いていないもん」
「覆面パトかい?」
「いや、何だか見たような車だぞ」
「ああ、先頭は八五郎の軽トラだよ」
 車は次々と駅舎に横付けにされ、見なれたおじさんやおばさんたちが、ドヤドヤとホームに上がって来た。
「やっぱりここだ」
「おーい、いたぞう地区長が!」
 破暮地区の人たちである。
「何だ何だ、おまえたち」
「何だじゃねえよ、地区長。ゆんべ、神さまからのお告げがあったべ」
「神からのお告げ? 何だいそれ」
「あれっ? 地区長にはなかったのけ?」
「ないよ、そんなもの」
「あら〜っ、神に捨てられたのかなあ?」
「何だと?」
「いや、いいの。ゆんべね、おらだち全員、同じユメ見たんだわ。ユメん中にヌゥ〜ッと現れた神さまが、『烏帽子山線が廃線になったら、破暮の里は滅びるよ〜っ』って言うじゃねえかい。ほんとに見てない? そのユメ」
「見てねえと言っただろう」
 すると、地区のはずれのおソメばあちゃんが言った。
「わしらも、み〜んな同じユメだよ。そんでもってテレビ点けたら、モーニングショーであんた、きのうの騒動を話題にしとる。そん中で、交通評論家とかが『赤字線の廃線代替バスでまかなうのは無理。統計によれば、鉄道をバスに切り替えた多くの村が、結局は消滅の方向に…』なんて言うでねえかい。それあんた、お告げ通りの話だよ」
「それからさ」と、今度は坂下の次郎作じいさん。
「あっちでもこっちでも、破暮が滅びるユメ見たって話になってさあ、そりゃもう、破暮は天地が引っくり返る騒ぎだよう」
「何人もが同じユメだと?」
「何人じゃねえ。何十人…いや、会うやつ聞くやつ全員だわ」
「地区長。こりゃ、ただの予言じゃねえぞ。現実の警告だ。こうなったら、座して死を待つわけにはいかねえずら」
「どうするい、地区長?」
「どうするって、おまえ…」