心一つに立ち上がれ!18.

 全員が「へいへいほーっ」の門左さんから小紙を受け取り、それに見入る。
「は〜あ…。何かこれ、変というか…」と言ったのは大原総理だ。心に描いていたものとは、だいぶズレがあったみたい。
 心美ねえちゃんが「曲は?」と聞いた。
「心踊れば 腰ふれる 腰がふれれば 声になる 声が生まれりゃ 譜が踊り出す 譜面続々 リズムを生んで 以心伝心 歌となる」
「つまり、この歌詞にみんなで曲をつけましょうってことですね。でも、このメンバーですよ。期待できるかなあ?」
 心美ねえちゃんの心配にも、門左さんはニッコリ笑って親指を立てた。
「そう言えば、素晴らしい唱歌や民謡に作者不詳って、いくらもありますよね。あれなんか、だれともなく、自然に生まれたわけでしょう? わたしたちの場合は目的意識もハッキリしているし、案外いい曲が生まれるかも知れないなあ」
 住職さんは、いつのときでも心が広い。
「そう言えば、思い出しました。わたくし以前、『山百合学級』という映画で音楽の教師役をやったことがあるんです。その時教室で歌った唱歌や童謡は、どれも作者不詳でしたね。ホラ、みなさんご存じの歌ばかりですよ。『われは海の子』とか『鯉のぼり』『村の鍛冶屋』『かたつむり』『雪』とかね。そういうのって、最初は門左さんみたいな方がタネをまいたのかも知れませんね」
 大原さんの話に、門左さん、欠けた歯を見せてニコニコしている。
「分かったよ、門ちゃん。腕がどうあろうと、あんたは七五調の先生だ。あんたの思うようにやって見せてよ」と地区長さん。新興国を立ち上げた仲間意識が高まってか、とつぜん呼び名が「門ちゃん」になっちゃった。
「やって見せて…」と言われた門左さん、「待ってました」と言わんばかりにうなずくと、指揮者のように両手を大きく振り上げた。息を吸って、息を止めて、「ハイ!」とひと声、両手を振りだす。
「何がハイだろう?」と茂平さんが言ったけど、門左さん、その言葉には関知せず、勝手に一人で歌い出した。
 最初のあたりは(これが歌?)っていう感じ。ところが、実力が三流だったとしても、そこは一応作詞家さん。タクトを振るうち、だんだん歌っぽさが生まれてきて、周囲の反応が(あれ? いけるかも…)へと変わって行く。
 大原さんが指でリズムを取り始めると、みんなも足や腰を動かし始める。

♪ニッポンの
 おへそにポッチリ付くゴマを
 つまんで食べてはいけましぇん
 心耳心眼心髄(しんじしんがんしんずい)の
 まことを込めたゴマだから
 一心ゆるがぬゴマだから
 われらが一心民主国

 わが一心民主国が目指すのは、朽ち行く文明ではありましぇ〜ん。友愛でありま〜しゅ。心の豊かさでありま〜しゅ。

♪ニッポンの
 おへそにポッチリ付くゴマを
 金魚にくれてはいけましぇん
 心火心情心肝(しんかしんじょうしんかん)の
 心きわめたゴマだから
 一心ゆるがぬゴマだから
 われらが一心民主国

 いつの日にか、人はわが国を最後の楽園と呼ぶでありましょ〜う。そのときを迎えても、わが国はわが国に、一つの壁も作りましぇ〜ん。

♪ニッポンの
 おへそにポッチリ付くゴマを
 ハトに投げてはいけましぇん
 細心良心本心の
 民心満ちたるゴマだから
 一心ゆるがぬゴマだから
 われらが一心民主国

 作詞家ってすごい。ただ言葉を並べるだけじゃない。曲づくりにも通じているんだ。一番ではヨレヨレに聴こえた曲だったのに、二番ではだいぶ収まり、三番を歌うころには立派な歌になっていた。
 門左さんが「ではみなさんで最初から、ハイ!」と言ってタクトを振り下ろした。今度は曲に〝振り〟まで付けている。ここまでされたら引き込まれる。門左さんの歌に合わせて、全員が手にした歌詞を口にし出した。途中にせりふが入っている。なぜ「しぇ〜ん」なのか分からないけど、みんなは素直に「しぇ〜ん!」と言った。

 ♪ニッポンの
 おへそにポッチリ付くゴマを
 つまんで食べてはいけましぇん
 心耳心眼心髄の
 まことを込めたゴマだから
 一心ゆるがぬゴマだから
 われらが一心民主国

 門左さんが指揮者から振付師に変身している。八十にもなろうかというおじいさんが、軽やかに、歌詞を体で表現してゆく。うまい! 体が見事に曲をつかんでいる。
 勝蔵さんが、見よう見まねで門左さんのあとに続いた。住職さんがそれに連なる。
「何だかムズムズして来たなあ」と茂平さんが住職さんを追う。あとはバラバラと心美ねえちゃん、赤イボ先生、校長先生、地区長さん、総理大臣、そしてぼくまで、十人が一体の登り竜のように連なった。一心国民一体の竜。うねうね踊り、うねうね歌う。一心じいちゃんだけはみんなの頭上で、パッパッパッと曲に合わせて光って見せる。
 始めはバラバラだった歌も踊りも、だんだん一つにまとまってゆく。二番を過ぎて三番では、だれもがミュージカル映画の出演者気分になっていた。
 ついに完唱。
「おみごとでしたわ。やはり本物は違います。わたくし、長い映画人生の中でも味わえなかった感動を頂きました。門左さん、ありがとうございます!」
「てへっ てへっ てへへへへ」
 門左さんが七五調を忘れて、はにかんでいる。 
「うーっ、たまらねえ! よ〜し、花火だ! 試作品のでっかいやつが、車に十玉積んである。そいつをドカーンとぶち上げてやる! 一心民主国の建国祝いだ!」
 そう叫んだ勝蔵さん、ダダダーッとホームから飛び出て行った。
「花火だって?」
「どでかいやつだとよう」
「だいじょうぶかしら?」
「走り出したド馬は止まらない」
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五ウン皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空…」
「いちいちあんた、お経なんぞとなえなさんな」
「あっ、あの音!」
 ヒュ〜ヒュルル〜ゥ
「目には見えねえけど…」
 ドッカーン!
 最初の花火が鳴り渡った。
「たま屋〜っ!」
 見上げると、真上の空に薄っすらとした大輪が、ボワ〜ンと開いて広がってゆく。
「お〜う! こいつは、音がやけに派手だぜえ」
「これです。これでいいのです! まさに建国にふさわしゅうございます!」
 大原さん、総理大臣を意識してか、両また開きの仁王立ちで、上空を見上げた。昼間の花火だから、けむりばかりが目立っているが、炸裂音はすさまじい。近くの山が震えるほどだ。
 真っ昼間の超ド級の炸裂音。事情を知らない破暮の人たちからすれば、音はすれども姿が見えず。木曽の御嶽山クラスの大噴火がここでも起こったかと、おびえているに違いない。
 ヒュ〜ヒュルル〜ゥ・ドッカーン!
 ヒュ〜ヒュルル〜ゥ・ドッカーン!
 間を置きながらも、いくつも続く尺玉花火。
 ドッカ〜ンと鳴るたびに、ヤンヤと喜ぶ破暮駅のホームの上の一心国民。音と音の間には、バンザイ三唱が繰り返される。遠くでサイレン音が鳴り出したことも、それが次第に近づいていることも、ぼくたちは、だれ一人として気づかなかった。
「おっ、来た来た。アッハッハッハ…。予定通りだ」と、一心じいちゃんだけが気づいていたらしく、意味不明の言葉を残してス〜ッと消えた。
 キィ〜ッ キキキ〜ッ
 何台もの車のタイヤがきしむ音がした。
「こらっ、おまえ!」と、だれかのどなり声が駅舎の裏から聞こえて来た。
「何してんだ、バカヤロー!」
 勝蔵さんに、何か不幸なことが起こったみたい。
「おい、ホームにもだれかいるぞ! 渡辺班はそっちへ廻れ!」
「はい!」
 ドヤドヤと警察官が、ホームの上にかけ上がって来た。
「何やってるんだ、おまえたち!」
「何って…。ただちょっと…」
「ただちょっとどうしたんだ!」
 建国セレモニーは、ここであえなく中止となった。