心一つに立ち上がれ!17.

 再び議長の位置に立った地区長さんが議事を動かす。
「ではここで、国旗制作委員会の心之助委員長と国歌作詞委員会の門左委員長に、創作作業の進み具合を聞いてみましょうね。おーい心之助! フンドシ仕上がったかーっ!」
 なんちゅう聞き方。
「仕上がったーっ!」とぼくは返した。
「七五調の先生の方はどうだい?」
「…」
「門左さん、聞こえているのに返事をしない。駅舎の天井をにらみつけたまま「う〜ん、う〜ん」とうなっている。
「どうしたい、先生は!」
「ここでうなってるよ!」と、ぼくが代わりに答えてやった。
「じゃあ心之助、おまえが先だ。仕上がった旗、持って来いや!」
 ぼくは、仕上がったフンドシ旗を巻き上げると、駅舎からホームに飛び出しみんなの前へと進み出た。
「では心之助委員長、わが国のシンボル国旗のおひろめを、どうぞ!」
 ぼくはフンドシを、胸の前からパラリと垂らした。
「何だいこれ?」と言ったのは地区長さんだ。
「はてさて…」は校長先生。
「フンドシの中に赤丸が二つだけとはねえ。二つの丸には、どんな意味があるんでしょうかな?」
 校長先生の質問には、がっかり感がただよっている。でも、この段階での反応としては、予想していた範囲だった。
「丸は、国を表しているんだけど…」
「国? でも二つあるよ。大きいのと小さいのが」と茂平さん。
 これも予想していた質問だ。
「上の大きい丸が一心民主国。下の小さい丸がニッポン。ニッポンの中から羽ばたいて、ニッポンより上に行く国。この旗は、このまま縦にかかげるんだ。せっかく住職さんが料理用のハサミを用意してくれたけど、フンドシのままがいいと思ってね」
「おう! 縦にたれ流すってのがいい。上の丸はわが国一丸の象徴で、属国ニッポンを下に従える。うん、いいぞ心之助! 最高だよ」と、勝蔵さんがほめてくれた。
「大きく出おったなあ。属国ニッポンかい」と、赤イボ先生も愉快そう。
「縦形って、よろしいですわ。いかにも自主独立の精神が感じられますもの」と、大原さんもほめてくれた。
「あっぱれ、あっぱれ」と一心じいちゃんは、目ん玉から、あやしいコバルト色の光りをパッパと発光させた。
「うん?」と、地区長さんが駅舎を見た。駅舎の奥から歌が流れ出したからだ。
  ♪白地に属国 したがえて
    一心赤き あら玉は
    フンドシ国旗の 名のもとに
    破暮の美空を 吹き流す
「門左さんだ」
「おーい! それが国歌かい?」と地区長さんがたずねると、「これはおまけ!」という答え。
「おまけだったら、あとでいいよ。それより本体を先に頼みたいんだよ」
 地区長さん、駅舎の門左さんにそう告げてから、話を国旗に戻した。
「さて、国旗だ。心之助の作品だけど、これが国旗でいいかな?」
 「異議なーし!」と 一丸の答えが即座に返った。これはすごいことだ。まだ十二歳のぼくが、国の旗のデザイナーとなったのだ。
「じゃ、これ、どこに垂らす?」
「あっ、いいもの、おれ持ってる。車に積んであるから、持って来てやる」
 勝蔵さんがそう言ってホームを飛び出したと思ったら、〝いちご狩り〟と書かれたのぼりを担いですぐに戻った。
「これを使おう」
「何できみが、こんなもの持っているんです?」と、校長先生の目は疑惑に満ちている。
「この間、いちご狩りに行ったからね」
「いちご狩りに行っても、こんなものは狩らせてくれませんよ」
「それが、くれたの。『2,500円で45分食べ放題』ってやつね。片っ端からやっつけていたら、まだ15分も残したところで、おどおどしていた店のおやじがパッと白旗かかげやがって、『だんな、もうかんべんして下さいな』って。『看板にいつわり有りかい?』って聞いてやったら、『看板、お持ちになっても結構ですから』って泣きつきやがった。しようがねえから、こいつをもらって帰ったんだ」
「道場破りかよ」と地区長さんは笑ったが、校長先生は「まったく、きみって人は!」と吐き捨てるように言った。
 ほかの人たちも、面白がる人、呆れる人。ユウレイの一心じいちゃんは、光りをパッパと放って面白がった。
「笑うときも光るんだ…」と茂平さんがつぶやいている。
 破暮の人たちは、みんなそれぞれに面白い。少なくとも、このホーム上には、飛べない鳥のドードーみたいな人はいない。(絶滅なんてあり得ない)─と、ぼくはそんな希望を感じていた。
 勝蔵さんは、のぼりから〝いちご狩り〟の布地を外し、上の支えの横棒にフンドシのヒモを結わえつけた。下にはヒモがないから、少々だらしなく下がっている。
「こいつを、ここに立てよう」
 駅名の表示板の足に、勝蔵さんが国旗の竿をくくりつけた。
「ほら、これでどうだ?」
「う〜ん、スースーするなあ」
「そっちの話じゃないよ、赤イボ先生」
 フンドシ国旗がホームに立った。
 十・五人、仰ぎ見る。
「白地に赤く日の丸二つ…か。まあ、こんなもんだろう」と地区長さん。
 そのときだった。麦畑からサワサワと、一陣の風が吹き上げたのだ。
「おーっ!」と、みんなは声をそろえた。風を受けたフンドシ国旗が、鯉のぼりの吹き流しよりも勇ましく、天下の大空を舞い出したのだ。ハタハタハタ…と、風に泳ぐフンドシ国旗。
「いけるじゃない、これ!」
「その目で見れば、勇者の舞いだなあ」
「おフンドシとは思えませんわ、この清々しいこと」
「ただ一つ、黄ばんだ汚れが、少しばかり気になるけどね」
「いいの、いいの。あれがわしの分身だと思うだけで、八十余歳の血潮がさわぐの」
 旗の原材料を提供した赤イボ先生は、両手を後ろ手に組み「わが分身」を仰ぎ見た。
「うう〜っ!」と勝蔵さんが、またうなり出した。
「おいおい、何おまえ、うなってるの? 今度は何?」
「うっうっう〜っ、何かこう…」
「何かこう?」
「パッと行きてえなあ!」
「そうですね!」と初代総理の大原さん。見ると、肩が上下に波打ち始めている。出番を待つロデオの牛みたい。肩の上下活動は見る見る大きくなって行く。興奮度が高まる、高まる、高まる。そしてついにロデオの牛は叫んだ。
「勝蔵さん! バンザイしましょうよ!」
「よしきた!」
 反応の良さも勝蔵さんの財産の一つだ。ピョンとベンチに飛び乗ると、三つ先の山まで届けと、自慢の地声を張り上げた。
「一心民主国の誕生を祝って、バンザイ三唱!」
「おーっ!」と、こぶしを突き上げる新興国の同志たち。
「一心民主国、バンザーイ!」
 ぼくたちが続く。
「バンザーイ!
 バンザーイ!
 バンザーイ!」
 高まりは極致に! 勇ましく舞うフンドシ国旗! 田んぼのかかしが呆れているかも知れないが、かまうもんか。ホームに立つ十・五人。老若の血潮はいよいよたぎった。
 校長先生が、ツンと気取って大原さんの前に立って一礼した。
「では総理。就任にあたっての所信表明を。ささ、この上にお立ちになって」
 大原さんの手を取り、ベンチの上へとエスコートする。
 さすが大女優。大原さんは、モノ怖じもなく総理大臣に成りきった。
「さて国民のみなさま。わたくしは、このたび、突然ながら一心民主国の初代の首相としてご推挙いただいた、大原美津江でございます」
「いよ〜っ、大統領!」
「アホ、首相って言ってるだろう」
 コントみたいな国民たち。
 大原さんは、ぼくたち国民を博愛のまなこで見回してから「みなさん!」と、歴史的な演説をスタートさせた。
「わが一心民主国が目指すのは、友愛であります。心の豊かさであります。だれもがそれに気づいていながら、心が真逆に突き進んでいる。原発で豊かな生活を。リニアカーでもっと速く。生身の友よりネットの友。豊かさの量はおカネの量。どの考えも悲し過ぎます。真の豊かさは、数値では表せないと知るべきです。世界の文明追求者たちは、いつの日か、わが国を『最後の楽園』と呼ぶことになりましょう。そのときを迎えても、わが国は一つの壁も作らない。過ちに気づいたニッポン国民やその他の民に告げましょう。過ちに気づいたら、烏帽子山線を走らせなさい。そして、それにゆられて来るがよい。わが国は、なんびとにも、門戸を閉ざすことはしない。心の窓を全開させ、どなたもこなたも受け入れましょう! この所信表明は、世界全人類への愛のメッセージであります。人生から友情を除くことは、天から太陽を除くに等しい暴挙であることを、わたくしは声を大にして強く強く叫びつつ、一心民主国の建国を、ここに高らかに宣言するものでありま〜す!」
 総理大臣の所信表明演説は終わった。
 ぼくたちは、全員、顔を火照らせ手をたたいた。
 ヒラヒラハタハタ…と、ぼくたちの国の旗が舞う。
「うーっ! たまらねーっ!」と勝蔵さんが武者ぶるいした。
「おい、落ち着け。どうどうどう! まだ国歌が残ってるぞ」
 地区長さんが荒馬をなだめるように、勝蔵さんの背をポンポンとたたいた。
「おーい、国歌制作委員長! まだかーっ! ド馬が暴れ出すから早くしてくれーっ!」
「へいへいほーっ」と駅舎の中から門左さんが、踊るように飛び出して来た。
「はいどうぞホイ これどうぞソレッ はいあなたホイ これあなたソレッ…」
 門左さん、おかしなリズムに腰を乗せて、小さな紙を配り始めた。
 茂平さんが、「そこそこのできならいいんだが…」とつぶやいた。
「そうだな。期待が大きいと、落胆も大きいからな」と地区長さん。
「何しろこの先生、頭の中がB面ですからね」と言ったのは、こちらもA面とは思えない校長先生。
「わたしは、ピカソ的な意外性に期待をしてますけど」と、住職さんはプラス思考だ。