心一つに立ち上がれ!15.

 憲法の全文が一条だけというのは、いかにも生まれたての赤ちゃんらしく、スッキリしていていい。
「よろしい。大多数をもって勝蔵の憲法案を承認し、ここにめでたく新しい国が…おっと、まだ国の名前が決まってねえなあ。国の名前、どうする?」
「案は十人十色でしょう」と茂平さんが言うと、「いや、十一人いるんだから、十一人十一色だ」と勝蔵さんがまぜっ返す。すると一心じいちゃんが、「アチはこの世に半歩、あの世に半歩。だから十・五人十・五色ね」と、さらにまぜっ返す。
「細かいなあ、このユウレイ。まあいいか。じゃあ、十・五人十・五色の案を十・五個出し合って、最後に一つにしぼろうかね。では順番に、これと思う案を言ってちょうだいな。はい、赤イボ先生から」
「いきなりわしかね。はてさて…」
「〝はてさての国〟ね。ではつぎ、大原さん」
「おい、まだわし…」と赤イボ先生はストップをかけたけど、地区長さん、とっとと先に進んでしまった。早く終わらせて、枝豆の出荷を急ぐ気かも知れない。
 指名を受けた大原さんは、えらく真面目な顔で答えた。
「わたくしは〝寄る辺〟を提案致します。寄る辺の国。頼りにするところ。あるいは、身を寄せることのできる国。そんな意です」
「なるほど。女性の感性ですな。いいですよ。はいつぎ、ロハ校長」
「わたしは〝すんでのところで〟と参りましょう。すんでのところでの国。廃校の憂き目を逃れるとすれば、そういうことになりますので」
「それ、全体を見ていない気がするなあ。自己中って言うか…まあいいや。個人としての案だからね。つぎ、茂平ドン」
「あたし、破暮鳥」
「はぐれ鳥? 迷子の鳥かい?」
「違いますよ。破暮地区の破暮。破暮の地から羽ばたく不死鳥のイメージです」
「そっちの破暮かい。だけどそのネーミングから、不死鳥のイメージを引き出せるの、あんたぐらいじゃないの? あたしは、ずれてると思うがねえ。はい、つぎ、七五調の先生」
「大和はニホン われイッポン
 心一つの やまびこは
 千万束ねて 一本チャチャチャ」
「ニホンじゃなくて〝一本の国〟ね。われらイッポン男児…か。うん、ちょっといいかもね。つぎ、勝蔵」
「小ばけ」
「何?」
「小さなおばけを訳して〝小ばけ〟」
「小ばけの国?」
「そう。小ばけの国。生みの親が一心さん。おれたちはその子どもってこと」
「ふ〜ん。おれたちもおばけかい。心美ちゃんは?」
「わたしは〝落ち穂の国〟」
「その心は?」
「落ち穂は、落ちない稲穂と同等の権利を持ちながら、見向きもされないで地に埋もれてしまいますよね。わたしたち破暮地区の住民も、都会と平等の権利を持ちながら、地方ゆえに振り落とされようとしています。わたしは、不平等からの脱却という使命を持って誕生する国を、落ち穂の心にダブらせてみました」
「理想は高いのだろうけど、少し、落ちこぼれ集団っぽくないかい? まあ、これも一つの案だろうけどね。さてと、先輩をあと回しにしちゃったけど、おばけの一心さん」
「アチは〝朝ぼらけ〟」
「朝ぼらけの国ね。ふ〜ん、夜出るおばけが朝ぼらけ? でもまあ、新生児の誕生は感じるねえ。おばけが一番まともっぽいかなあ。つぎ、おばけの孫の心之助くん」
 そら来た!
「え〜と…。あっ、麦」
「麦の国?」
「うん。踏まれれば踏まれるほど強くなる国」
「おっ、そう来たか。うん、なるほど」
 目の前に麦畑があってよかった。
「では最後に久永寺三代目」
「わたしはズバリ〝一心〟。独立の最初の提案者は一心さんですし、一心という言葉には、一心不乱、一心同体、一心鏡の如しなど、みんなが心を一つにすることの大切さが込められています。この国に必要なのは、まさにその精神から来る〝一心〟です。わたしは〝一心の国〟を提案させて頂きます」
「ほ〜う。やっぱりお寺さんは、うそでも説教が商売だからなあ」
「ちょっとお」
「ほめたの。さて、これで全部出そろったわけだ」
「まだ残っているよ、地区長自身が」と勝蔵さん。
「ああ、おれは議長だから…」
「議長だから?」
「うん? 何、どうしたの勝蔵、その危険な目つき。不穏…。あっそうか、分かった、おれも言う。なっ、おれも言うよ。おれの案は…え〜と、そう、あれだ! 乗りかかった船にしよう。ねっ、〝乗りかかった船の国〟。いきなりこんなところに引っ張り出されちゃってさあ」
「あなたっ!」
 ズシンと来る声。大原さんだ。さすがにトップ女優は違う。場面に合わせた声を使い分けている。
「えっ! なっ、何でしょう?」と地区長さん。
「あなた! わたくしどもをバカになさっていたんですか!」
「いえ、決してそのような…」
 地区長さん、大原さんの迫力に百パーセント負けている。その地区長さんに追い討ちをかけたのは勝蔵さんだ。
「いや、おれたちをバカにしている! その鼻、ふくらんでいるじゃないか!」
「えっ! うそ! これは生まれつきの…」
「総括だ!」
「よせ! 荒事はよせ! 待て! やる! やるやる! なっ、真面目にやるって!」
 すると勝蔵さん、大真面目な顔に立ち返り、「では、お願いします」と神妙ぶって頭を下げた。
「何だよ、おまえ。気持ち悪い人格だなあ。まっ、いいや。触れないでおこう、この男には。ハイッ、会議を続けます! 以上十・五人から十・五の国名とすべき案が出されましたが、あくまで自分の案にこだわるか、はたまた他人の案に乗り換えるか、みなさんの考えを出し合う中で、わたしたちの真実に迫ろうではありませんか。さて、審議に入ります。どなたからでも、ご意見をどうぞ」
「よろしいでしょうか?」
「はい、大原さん。よろしいですよ」
「わたくし、〝寄る辺〟から〝一心〟に乗り替えます。〝寄る辺〟では切なさを伴った消極的な印象がつきまといますものね。その点、お坊さまが提案された〝一心〟には、ほとばしる情熱を感じ取ることができます。しかも、その情熱は一つに束ねられている。とても素晴らしいと感じました」
「おれも鈴木の案に乗る」と勝蔵さんが言った。いつもは方丈さんとか住職さんとかお坊さまなどと呼ばれているのに、名字で呼ばれると、ちょっと安っぽい。でも、住職さんの人柄は好きだ。それに、ぼくも住職さんの案はいいと思う。
「わたしも〝一心〟に変更します」と、心美ねえちゃんも住職さんの案に乗り換えた。
「じゃあ、あたしも」と茂平さん。
「わしも、それでいい」と赤イボ先生。
「一つの流れですからね」と校長先生。
「アチの名がこっちの世に残せるとは光栄だねえ」と、ユウレイの一心じいちゃん。まんざらでもない様子。
「命の的へ 一心に
 向かう心の 清らかさ
 万人一色 束となり
 鏡の如くに かがやけり」
 これは言わずと知れた門左さん。よく出るよね、このおじいさん。
 さてこのぼくも、住職さんの案に「大賛成!」を表明した。
「よろしい。満場一致です。十・五人の魂が一つと相成りました。おめでとうございます! われら人民が直接統治する国、一心民主国の誕生であります。そしてわれわれは、一心民主国の名のもとにニッポン国からの分離独立を、晴れてここに、声高らかに宣言するものでありま〜す!」
 地区長さんのこの言葉は、場の雰囲気を盛り上げるのに十分だった。
「やったーっ!」
「ばんざ〜い!」
「ブラボー!」
「陽はまた昇るぞ!」
「感動の始まりです!」
「立ちて喜ぶ
 二十の瞳
 おばけの瞳も
 ドロパッパ!」
 いいおとなたちが口々に建国を祝し合い、十人からパチパチと拍手が起こった。〇・五人分にあたる一心じいちゃんも拍手はしたが、その手からは音が出ない。
 拍手のあとは、だれかれとなく手を差し伸べての握手会。駅舎の屋根からカラスが一羽、「アホーッ」と鳴いて飛び立った。あいつ、ぼくたちのやってることが分かっていたみたい。
「そうか!」と勝蔵さんが言った。
「どうした?」
「国家が誕生したんだから、国旗と国歌が必要だよな」
「そうよね。それと独立国なんだから、行政をつかさどる総理大臣も選ばないと」と、これは心美ねえちゃん。
「うん。国旗、国歌、総理大臣。この三つは国の顔だからな。地区長、議事進行!」
 新たなテーマが見つかったから、あとしばらく続くみたい。
「国旗と国歌と総理大臣ね。では国旗から…。待てよ。国旗となると布切れが必要だなあ。そんなもの、ここにあるかい?」
「このペラペラが使えたらいいんだがねえ」と茂平さんが、一心じいちゃんの着物を指した。
「だめだよ。じいちゃん、フルチンになっちゃうじゃないか」とぼくが反対すると、じいちゃんは笑いながら「フルチンはかまわんが、これもユウレイの一部だから、布切れとしては使えんのね」と残念そうに言った。
「布切れもユウレイかい。だったら、ほかに何かないのかねえ?」
「あっ、ありました!」と心美ねえちゃんが右手を上げた。
「何があった?」
「竿に結ぶヒモまで付いたのを、赤イボ先生が持っていたの忘れていました」
「えっ? わし、そんなの持っとらんぞ」
「持ってますよ」
「どこに?」
「ズボンの下に」
「ズボンの下? あっ、越中かい?」
「そうですよ。ヒモがちゃんと付いているなんて、旗づくりのために用意したようなものじゃないですか」
「そのためにって、取ったら風邪引くだろう」
「夏ですから」
「やれやれ。看護師がそう言うんじゃ仕方ないか」
 赤イボ先生は観念したように後ろを向くと、ズボンのベルトをゆるめて前を開け、フンドシのヒモをほどきにかかった。心美ねえちゃんが後ろに回る。
「いいですか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、抜きますよ」
「はいよ」
 心美ねえちゃんは、ゆるめたズボンの中に手を入れると、うしろから越中フンドシをス〜ッと上に抜き上げた。
 スルスルスル〜ッ。