心一つに立ち上がれ!13.

 議会の烏帽子線廃線決議をくつがえすには、だれもが納得するような新事実の提示が必要だ。その新事実が「ある」と心美ねえちゃんが言い、それを聞いた勝蔵さんが、突然うなり出した。顔を真っ赤にして「うっうっう〜っ!」とうなっている。
「あらら危ない。イガグリが火に飛び込むよ」と、茂平さんが一歩退いた時、イガグリは火に飛び込んで爆発した。
「そうだーっ! 心美ちゃんの言う通りだ! さっきの数字は、廃線決議の時には示されていねえ! それこそが新事実じゃねえか! 再審だ! ひっくり返せ! 再審請求だーっ!」
「相変わらず、きみは天動説みたいな眼で世間を見ている。きみが騒ぐとわたしがへこむ」
「へこんだヤカンじゃ役に立たない!」
「わたしの頭を見ながら言うな!」
「よし! おれ、役に立つやつを連れて来てやる」
 飛び出そうとする勝蔵さんの腕を、住職さんがグイッとつかんだ。
「待て待て、待てよ勝。連れて来るって、だれのことだよ?」
「地区長に決まってるだろう」
「地区長? 地区長さん連れて来て、どうするんだよ?」
「再審請求させるんだよ。一応あのおっさんが破暮地区の代表なんだから。車でひとっ走り、おっさんを引っ張り出して来らあ。話はそれからだ!」
 勝蔵さんは突貫小僧みたいな人だから、最後の言葉は、駅舎の外からだった。
「引っ張り出すって、モグラやゴボウじゃあるまいし」と茂平さんは呆れ顔だ。
「う〜ん、穏やかじゃありませんねえ。わたしは教職の身ですから、あんないい加減な男の謀議に加わるわけにはまいりません。お先に失礼…」
「ダメです!」
「えっ?」
 いきなり怒鳴られて、ロハ校長先生、面食らった。
「勝蔵さんが戻るまでは、校長先生もいて下さい。地区全体の問題なんですから」
「心美ちゃん、本日休診だ。わしは老人だから帰るよ」
「ダメです! 赤イボ先生もここにいて下さい」
「だってわしは、この先コロコロ組だし…」
「ダメ! それが、人を助ける立場にある人の言うことですか!」
「こわっ。一心さん、やっぱりあんたの孫だなあ。血が脈々だよ」
「うひひひひ…」
「いやな笑い方しなさんな。一応、あんたユウレイなんだ。努力せんでもスゴ味が出てるよ」
「ここに居合わせたのも何かの縁。門左さんも、今度は力になって下さるんでしょう?」
「ひとつの心に 重なる心
 それが意志なら それもよし
 枯れ木に花を 咲かせたい
 真実一路に 気を束ね
 消してはならぬ ユメもある」
「おっ、いいねえ。なんだろう? あたしも少しだけど、やる気が出て来た」と茂平さん、右の腕をグイッと前方に突き出した。空手の真似らしい。
「何だかわたしも」と言うと、住職さんはお経を唱え始めた。
「ぎゃーてー・ぎゃーてー・はーらーぎゃーてー・はらそーぎゃーてー。うん。きょうは料理教室どころじゃないかも」
「はい。生きるか死ぬか。みなさん自身の死活問題なのですから」と、女武芸者みたいに大原さんも言い放った。
 ユウレイの一心じいちゃんは、ユウレイなのにニコニコしている。
 心美ねえちゃんが言った。
「ねえ、おじいちゃん」
「うん?」
「ユウレイは先が読めるって言ったけど、過去を覗くこともできるの?」
「分からん。やってみるかい?」
「うん。やってみて」
「ではやってみよう」
 一心じいちゃん、両の手首を胸の前でダラリと下げた。ユウレイとしての正しい姿勢に戻したのだ。このポーズから動きを止めると、目の焦点を茂平さんにジ〜ッと合わせた。茂平さん、気味悪そうな顔をしている。
「これ、もへえ〜っ」
「やだなあ。気持ち悪い呼び方しないで下さいよ」
「あんた、アチの葬儀の日〜ぃ、香典袋に入れた一万円札を、出かける間際になって五千円札と入れ替えたな〜ぁ」
「えっ、やだ。やめてよ。変なとこ覗かないでよ」
「しかもあんた、葬儀場に行く道々、〝この忙しいのに〟って言ったねえ」
「そっ、そんなことあたし…」
「その上だねえ…」
「ダメ! あたしのこと、それ以上言っちゃダメ! 何も言わない!」
 一心じいちゃんに自分の過去を覗かれた茂平さんは、悲鳴に近い声を上げたが、過去を覗けると分かった心美ねえちゃんは、目をかがやかせた。
「覗けるんだ!」
「うん。見る気で見ると、見えて来るなあ」
「だったら、一度廃止が決まった鉄道が、住民の力で復活したみたいな事例はないか、ちょっと過去を覗いてみて」
「なるほど、そういうことかい。うん。やってみるよ。ありがとな、心美」
「やだ、ありがとうだなんて。これ、おじいちゃんのためにもなるでしょうけど、わたしたち全員のためなんだから」
「うんうん」
「あっ、一心さん。覗くなら、そっち向いて。ダメダメ、こっち向いたまま過去なんか覗いちゃダメよ」
「分かっとる。アチだって、あんたのささやか過ぎる秘密なんか覗く気ないわね。え〜と、生き返った赤字線の事例だったね。赤字〜っ、赤字〜っ、うらめしや〜っ」
 一心じいちゃん、両手首を前に垂らして、ホームのはしを歩き始めた。足があり、生きてたころと同じように歩いているが、足音は出ていない。
 十メートルほど行った先で「見えたぁ〜っ」と言うと、そこからふわ〜っと折り返して来た。
「復活の事例、あったのね」
「あったあった。まずは四国の高平電鉄だ。ムダ遣いの多い経営者を交代させたら、新しくその座についた経営者が次々と改善の手をつくし、見事に再生を果たしている。北陸の潮浜電鉄も見事な復活だなあ。運賃を値下げしたり、終電時間を繰り下げたり、放置自転車を利用した無料レンタサイクルや、女性アシスタントを採用しての接客サービス。うん、それぞれがキメの細かい対策やアイデアで勝ち抜いている」
「やればできるってことじゃない。ねえ、住職さん」
「そうだね。やればできるかもね」
 住職さんにも、小さな光りが見えて来たみたい。
「こら、放せ! 勝蔵! おまえ、暴行誘拐罪で訴えるぞ」
 ドタドタと音がして、言い争う声が近づいて来た。勝蔵さん、ほんとうに地区長さんを引っ張り出して来たようだ。
「人民の人民による人民のための緊急会議の招集だって言ったでしょう!」
「バカバカバカ! いいか、おれはきょう中に枝豆百箱を市場に納めにゃいかんのだ! おまえの勝手な遊びなんぞに…」とここで地区長さん、言葉を切ってホームを見た。
「えっ、えっ、何だい? どうしたんだい、この顔ぶれは?」
「だから、緊急会議だと言ってるの。おれらの生死がかかった重大会議。ねっ、ビールのつまみの出荷がどうのと、そんなちっぽけな話じゃないの」
「こら、枝豆をバカにするな! 枝豆と言やあ大豆だ。大豆と言やあ味噌だ、醤油だ、豆腐だ、納豆だ。それをおまえは…」
「伝五郎!」
 いきなり呼び捨てにされた地区長さん。
「えっ、だれ?」
「アチだよ。住む世を分けてまだ二カ月。よもやおまえ、アチを忘れちゃいないだろ〜うねえ?」
 しゃべっているのは、白いペラペラ一枚を着流しただけのおじいさん。
(気持ち悪い言い方をするじいさんだなあ)と地区長さんは、メガネに手をやりジ〜ッと見た。顔は白いし、裸足のままだし、気持ち悪いったらありゃしない。
(だけど…おれを呼び捨てにしたってことは、おれも知ってるやつらしい)
 そう思って見直すと、なるほど、どこぞで見た覚えがある。
「えっ! うそ! 一心さん? うそうそうそうそ! そんなことない!」
「そんなことある」
「ないない」
「あるって。ほれ、よく見んかい」
 じいちゃん、地区長さんの顔の前にヌ〜ッと白い顔を突き出した。
「うっ、えっ?」
(この顔、この造形…。こりゃ、確かに一心さんだ)
「ってことは…。ひゃーっ! おっ、おばけ!」
「うん。おばけの一心だよ」
「何であなたがこんな所に? しかもほら、あの太陽。何でこんな真っ昼間から…」
「うらめしいから三途の川が渡れんのよ。だからね、夜だの昼だの、丑三つ時とかにかまっちゃおられんの」
「うらめしいって、このあたしに?」
「違う違う。おまえをうらんだりはしておらん。地区長であるおまえにねえ、アチから頼みがあるんだわ」
「頼み? おばけさんのあなたから?」
「うん。おまえは地区長なんだから、ここのみんなを代表して、烏帽子山廃線決議の撤回を、県議会に申し入れてもらいたいんだ」
「ああ、そういうことですか」
 地区長さん、のろわれたわけではないと知って、少しホッとしたようだ。周りの空気も見えて来ると、おばけに対する余裕も少し生まれて来た。