心一つに立ち上がれ!9.

 ホームの上の雑談が続く。赤イボ先生の往診の話。ロハ先生の校長会の話。住職さんの料理教室の話。まだ話の出ていない門左さんが、茂平さんの肩を人差し指でトントンと突いた。
「何です?」
「訪問診療 校長会 料理教室 もろもろと 残るあなたは 何なさる? 時間よいのか 困りはせぬか? 聞いて欲しいの わたしにも」
 茂平さんは、(何をバカな)という顔で年上の門左さんに言った。
「あなたに聞いてどうするの? あなたはただ、ヒマつぶしに七五調をバラまきに行くだけでしょう」
 するとロハ先生も尻馬に乗った。
「大体あなた、どんな歌手の作詞をなさったの?」
 明らかに小バカにしている。門左さんの仕事の力を疑っているのだ。しかし門左さんは、そんな態度も意に介さない。おちょくられている意識もないみたい。うれしそうに答えている。
こまどり姉妹に 松山恵子 バーブ佐竹水原弘 佐川満男に アイ・ジョージ…」
「ほーう、そうそうたるメンバーですなあ。でも、それってほんと? ただ、七五調で言える名前を並べただけじゃありません?」と校長先生。疑った言い方だが、心では疑っていない。疑う以前のことで、まったく頭から信じていない。
 ぼくと心美ねえちゃんは、疑うも何もありゃしない。ただキョトン。だれ一人として、知らない名前だったからだ。
 住職さんが言った。
「そうそうたるメンバーって、わたし、一人も知りませんけど…」
 なんだ。住職さんも知らないんだ。
「だろうな。ほとんどわしら世代の歌い手だから」
「えっ、赤イボ先生の世代ですって? そんな古い歌手の作詞も、門左さんは作られていたんですか?」
 尊敬の色がまじった住職さんの目に向かって、門左さんが笑顔で答えた。
「願望を いつも心に 七五調」
「願望だってさ。ただの願望。作ってないよ、この人」と茂平さん。そうとう門左さんをバカにしている。
「わたし、ポップスやフォークばかりで演歌に明るくないんですけど、七五調の歌って、どんなものがあるんですか?」と、心美ねえちゃんが門左さんに聞いた。
 門左さん、質問されたことがすごくうれしかったみたい。おかしな言い方は変わらないけど、目をかがやかせてしゃべり始めた。
「めぐる世の このひとときを あなたの胸に わたしの胸に 想い出の星 希望の星 流れ来る来る あの歌この歌。
  波の背に背に ゆられてゆれて 月の潮路の かえり船
  陰か柳か 勘太郎さんか 伊那は七谷 糸引くけむり
  富士の高嶺に ふる雪も 京都先斗町に 降る雪も
  星の流れに 身をうらなって どこをねぐらの きょうの宿
  花も嵐も ふみ越えて 行くが男の 生きる道…」
「もういいです!」とロハ先生がストップをかけた。「そんなの、心美ちゃんや方丈くんが知るわけありませんよ」
「けど、ほんとだねえ。みんな七五調だなあ。その中の一つぐらいは門左さん、あんたが作ったんかい?」と赤イボ先生が問う。
「泣かず飛ばずの このわたし もはや傘寿に 人間の 定めはわずか 白寿にて…」
「ほらね。やっぱり作ってないよ、この人。それにしたってね、あなた、白寿だなんて、そんなに長くは生きないでしょう」
 茂平さんは、あくまで率直。
「白寿って?」とぼくが聞くと、心美ねえちゃんが教えてくれた。
「99歳のことよ。白寿は白い寿って書くの。白と言う字の上に一を引くと百という字になるでしょう? だから百から一を引いて99。寿はお祝いの意味だから、それ、長く元気に生きた喜びを表す言葉ね」
「99歳かあ。『そこまでは生きない』って茂平おじさんは言ったけど、99歳なら茂平おじさんの言葉、それほど失礼じゃなかったんだね」
「それどころか、もっと生きるかもよ、門左さんなら。ストレスのたまらない人は長生きするって言うから」
 おねえちゃんまで…。門左さんには、なぜかみんな遠慮がないみたい。
 ディーゼル待ちの面々が、みんなして取りとめのない話をしていたら、田園ののどかさをぶち破って、この地区一番の弾丸男が飛び込んで来た。花火師の勝蔵さんだ。
 勝蔵さんはおもしろい。思ったことをポンポン言うのは茂平さんと同じだけれど、ポンポンの中味がもっと濃い。だから目上の人の中には、当然のように快く思わない人がいる。ロハ校長先生は「へりくつの勝蔵」と言って嫌う。でも勝蔵さんには、それを気にする様子がまったくない。むしろ反対で、校長先生を楽しい遊び相手とでも思っているみたい。三代目の住職さんは、この勝蔵さんと小学校から高校までずっと同窓。性格はだいぶ違うが、案外なことにこの二人は仲がよい。
「うおーっ! とっとっとーう! あれっ? ディーゼル、まだ来てないの?」
「遅れてるんですよ。遅れてなければ、きみは乗り遅れているんです」
 きびしい口調でそう言ったのは、やはりロハ校長先生だ。校長先生になる前の破暮高校では、勝蔵さんと住職さんの担任だつたそうだから、そのこともあって口調が一層きびしくなるらしい。
「あらまあ。とんだところに…じゃなくてロハ先生」
「何がとんだところです! きみは、わたしの教え子中、遅刻歴代ナンバーワン。しかも遅刻のたびに、口先だけの言い訳を並べていましたね。かあちゃんが熱出した。じいちゃんがこけた。牛のお産が始まった。イナゴの大群が押し寄せた」
「あっ、校長先生、それ全部ほんとですよ」と、横から口を挟んだのは住職さん。
「わたし、勝とは小学校からずっといっしょでしたから、よく知ってます。この男、いつも悪ぶって見えたでしょうけど、これでなかなか親孝行なんです。よく家の手伝いをしていましたよ。頼まれると断れないタチなんです。今は花火職人ですが、それも友だちの花火師が花火の暴発で大けがをし、その手助けにかけつけて、そのままその道に入ったんですから。どちらかと言えば人情家ですよ」
「これが?」
「ええ、これが」
「これがねえ」
「モノだね。おれ」
 そのとき、けたたましい雑音的な曲がひびいた。
 ジャジャジャ、ジャーン! ジャジャジャ、ジャーン!