心一つに立ち上がれ!4.

 地区の女性が年寄りから赤ちゃんまで、一丸となって起こしたユウレイ騒動は、一部の地域のローカルニュースではおさまらず、中央の新聞やテレビまでが全国ニュースとして報じた。
 人間は、それが自分のこととなると『慾に手足を付けたモンスター』にもなったりするが、自分に関係のないこととなると、すっかり『博愛の人』になりたがる。アンパンマンになってバイキンマンをやっつけたい─とか、ルフィになって〝悪魔の実〟をせん滅したい─とか、とにかく正義の味方になりたがる。だからユウレイ騒動を知った人たちは、弱者であるユウレイたちの味方に回った。
「破暮の女ユウレイたちが可哀そう。悪いのは国だ!JRだ!いや県だ!」
 こんな声が日本の大空を吹き抜けると、さすがの県議会も寝たふりをしてはいられない。国やJRが「つぶしちまえ」とゴミ箱に捨てかかった烏帽子山線を引き取って、これまで通りの運行を続けざるを得なかった。一心じいちゃん率いる「ユウレイ部隊」の大勝利となったのである。
 烏帽子山線は廃線をまぬがれた。沿線住民たちはホッとしたが、県が立ち上げた烏帽子山線の運営会社(第三セクター)は、予想を超えての火の車だ。がんばってもガンバッテも過疎化は進む一方で、利用客は年々歳々減ってゆく。赤字の山が富士山みたいに高くなる。仕方がないから運行本数を一本けずり、二本けずり、とうとう去年から一日四往復だけとなってしまった。
「そんでも、ねえよりはましだべさ」と、自分たちでなぐさめ合っていた破暮の人たち。ところが、世の中は甘くない。池に落ちかかった人のケツを蹴飛ばす人がいるのも世の中。一難越えても安らぎはない。烏帽子山線を利用しない県内の人たちから「赤字線をぶっつぶせ!」の大合唱が起こったのだ。
 これが破暮地区の第二の危機。「烏帽子山線に乗らないあたしらの税金を、何で山奥のサルどものために使うんだ!」という抗議である。「山奥のサルども…」とはひどいが、言い分としては「もっともだ」とぼくは思う。
 県民多数の声だったから、県としても無視はできない。県議会はふたたび、「烏帽子山線を廃止するか継続するか」の論議を始めなくてはならなくなった。
 このままだと、今度こそ破暮地区は陸の孤島。「困ったときは、あの人だべさ!」というわけで、今度も破暮の人たちは一心じいちゃんに泣きついた。
「アチ、もうトシだから」と一度は断った一心じいちゃん。でもね、頼まれたらネコの肩だってもんでやりたくなるタイプのじいちゃんだから、最後は「仕方ねえのゥ」ということになってしまった。
 お父さんはその夜、じいちゃんが風呂に入るのを待って言った。
「あすの朝は、長っちりは無しだからな」
 トイレのことだ。ぼくたちはうなずいた。意味するところは分かっている。トイレはじいちゃんの『名案創出工場』なのだ。難問を抱えたときのじいちゃんは、必ずトイレにこもる。一度入ると、ドアの外で足踏みしながら「早く出てくれーっ!」と叫んでもダメ。あっちは出ても、もう一つ(名案)が出なければ出て来ない。最長五時間。おねえちゃんが青くなって、隣の家に走ったこともあった。だからお父さんは、「あしたは早めにパパーッとすませろ」と言ったのだ。

 翌日、ぼくたちがさっさと用事をすませたあと、思った通り、じいちゃんはトイレにこもった。そして三時間。「むふふふふ…」と不敵な笑いを浮かべて出て来た。
「心之助」
「何?」
「おまえも、烏帽子山線が廃止されるのはいやか?」
「そりゃいやだよ」
「そうか。ではアチが、おまえたちの望みをかなえてやるべ」
「いいアイデアが生まれたんだね」
「ああ、烏帽子山線を廃止させんアイデアがな。むほほほほほ…」
 じいちゃんは満足そうに笑いながら、その場にドドドとくずれ落ちた。
「わっ、じいちゃんがーっ!」とぼくは叫んだ。看護師資格に挑戦中の心美ねえちゃんが飛んで来て、脈を診てから、人工呼吸をギュッギュッと始めた。お父さんは車で、診療所の赤イボ先生を呼びに走った。
 ほどなく一心じいちゃんよりも年上の赤イボ先生が、患者みたいにヨロヨロやって来て、脈をとり、まぶたの奥を覗き込み、「あ〜あ、こりゃあ、方丈さんの方だなあ」と言った。方丈さんとは、お寺の住職さんのことだ。
 死因は心臓発作。病名としては心不全。郷土のスーパースター一心じいちゃんは、大仕事を残したまま、あっけなくこの世を去ってしまった。ぼくたち家族は悲しんだが、破暮のみんなは、悲しむよりも悔しがった。「アチが、おまえたちの望みをかなえてやるべ」─この言葉があったからだ。
「どんなアイデアか、その手がかりとなりそうな言葉はなかったか?」とみんなは、最後の言葉を耳にしているぼくに、根ほり葉ほり聞いて来たけど、残念ながら、手がかりと思えることは、そのヒントさえも出て来ない。いまから二カ月前のことだった。