心一つに立ち上がれ!3.

 烏帽子山線が最初の廃線危機に見舞われたのは、もう二十七年も前のことだ。お父さんの話では、その危機から村を救ったのが一心じいちゃん。じいちゃんが村を救うために編み出した戦術は、空飛ぶ鳥がそれを見て、驚きのあまり地面に落ちたというから奇策ぶりの凄さが分かる。
「とにかく、おやじは計算ずくのメチャクチャだった」─とお父さんは、おかしな言い方でその頃のことを話してくれた。
 当時の烏帽子山線は国有鉄道国鉄)だった。国の持ち物だったから、少しの赤字より利用者の生活を守ることが優先された。ところがその国鉄が、「JR」という民間会社に生まれ変わることになったのだ。民間会社には国の支援はない。支援がないのに赤字路線を抱えていたのでは、せっかくの新会社がつぶれてしまう。「だったら赤字の路線は、JRに渡さずにつぶしちゃえ」と、国のえらい人たちは、軽い気持ちで重いことを決めてしまった。
 慌てたのは、全国各地の赤字路線に頼っていた人たち。
 烏帽子山線を利用していた破暮の人たちも同じだ。破暮地区には公共交通がこれ一本しかない。それがなくなったら破暮地区は孤立してしまう。
「あれをつぶされたら、わしら、根っこの生えた木と同じだよ〜ぅ」
「破暮は丸ごと、死んじまえってことかい?」
「命綱を切らせちゃなんねえ!」
「破暮の里をユウレイ村にしちゃあなんねえ!」
「動くべえ。行動を起こすべえ!」
「心一つに立ち上がるんだ!」
 こうして起こった破暮地区の住民運動。その大将に担ぎ上げられたのが当時まだ50歳、血気盛んなころの一心じいちゃんだったというわけ。でも、どうしてうちのじいちゃんが? 
 一心じいちゃんはワインが大好きだった。そのワイン好きが高じて、キャベツ畑をブドウ畑に切り替え、一代でワイナリー(ワイン製造所)を造り上げた行動派である。それも、ワイナリーを造っただけで満足する人ではなかった。ブドウ畑の傾斜度、土地の高低度、太陽光を受ける角度などの研究を続け、ヨーロッパの名産地も認めるビンテージワインを作り上げてしまったのだ。言うなれば研究家であり戦略家。その一直線の情熱とエネルギーこそが「烏帽子山線の廃止阻止運動のトップにふさわしい」となったわけだ。
「アチ、いやだい」と最初は尻込みしていたが、「天下のワイン王だもの、そんなノミのヘソみたいなことは、できねえよなあ」と嫌味を言われたとたんに火がついた。
「なに〜ィ、アチ、やったるわい!」
 ひとたび引き受けたら手を抜かないのが一心じいちゃん。その日から一心に、烏帽子山廃線阻止の手を考えた。考えるのはトイレの中。「う〜ん、う〜ん」と唸る声を聞いたお父さんは、(はて? どっちのことで唸ってるんか?)と考え込んでしまったそうだ。 
 苦心の末、一心じいちゃんが編み出したのは「ユウレイ作戦」。これぞ、今に残る伝説である。その作戦とは─。
 一心じいちゃんは、破暮地区の女性全員をユウレイに仕立て上げた。白いひとえのヒラヒラ着物。顔には粉おしろいをパフでたたき、黒髪をザンバラにして顔にたらした。両手首も胸の前からダラリとたらし、裸足でヒタヒタ音を殺して能舞台のように歩く。小さな子たちもヒタヒタ歩く。まだ歩けない幼な子は白いおくるみのまま、母ユウレイにおんぶさせた。
 夕闇迫る県庁前で、ユウレイたちはうつむいたまま「うらめしや〜ぁ」を繰り返す。白いおくるみの赤ちゃんが、ユウレイの背で火がついたように泣く。それを母ユウレイはあやすでもなく、「うらめしや〜ぁ」とやるわけだから、これは相当に気持ち悪い。
「うらめしや〜ぁ」
「うらめしや〜ぁ」
 烏帽子山線の廃線は、国が勝手に決めたこと。県とは関わりがございません─みたいな顔で寝たふりをしていた県庁のお役人さんたちも、ユウレイ集団の恨みの目が自分たちに向けられていると知ったときには、「ゲゲゲーッ」と肝をつぶした。
 正直なところ、烏帽子山線が廃止となれば、一部の地域(破暮地区)が孤立することは県としても分かっていた。だが烏帽子山線を県が引き継いで運行するとなると、県の財政に大き過ぎる負担がかかる。だから眠ったふりをしていたのだ。
 そこにまさかのユウレイ集団。女ばかりで凄味がある。四谷怪談のお岩さん、番町皿屋敷のお菊さん、牡丹灯籠のお露さん。怖いユウレイはみんな女。それが束になって押し寄せて来たのだから、気持ち悪いったらありゃしない。
 薄やみのユウレイたちを、上階の窓から見降ろす県庁のお役人さんたち。ヒタヒタと下から這い上がって来る冷気。「女のたたりは恐ろしいから…」とつぶやいたのは、県のトップの知事さんだった。
 ユウレイの先頭は、唯一男のユウレイの一心じいちゃん。面会に応じた県の総務部長さんに、暗〜い声で言った。
「鉄道殺せば、女たちも死ぬですな。ばあさんから赤ん坊まで。あんた、その手で命の線路を切りますかね? 烏帽子山線の線路いっぱいに、あの白い女たちのしかばねを、ゴロゴロ並べてとむらいますかね?」
 外からは、「うらめしや〜ぁ」の重低音が、壁を伝って這い上がり、窓のガラスをビビビ…とゆする。