ひとしずく。番外編

 大相撲の立行司、第十九代式守伊之助は「ひげの伊之助」の愛称で人気があった。小さくて顎髭豊かで、親しみのもてる風貌だったからだろう。その人についてコラムニストの中野翠さんが、色川武大さんの筆から引いた面白い話を書いている。
 それは僕が中学三年(昭和33年)の時の九月場所でのこと。伊之助がその初日に合わせたのは、横綱栃錦対前頭七枚目の北の洋。両者はもつれ合って土俵下に転落、伊之助は軍配を栃錦に上げた。しかし物言いがついて「行司軍配差し違い」により北の洋の勝ち。
 この勝負審判の判定に伊之助は「おら、いやだい!」と叫んだ。土俵を掌でバンバン叩いて「いやだい、いやだい」と連呼した─と言うのである。
 あの装束に立派な髭。その威厳と、駄々っ子のように「おら、いやだい!」と拗ねる仕種。そのコントラストが堪りません。ああ、何て素朴なんだろう。どうしてこんなに新鮮なんだろう。思わず抱きしめたくなってしまう。
 はて? 「おら、いやだい!」─この言葉が素朴に映るのは、僕たちが素朴ではないからではないか? 嫌なことにも「いやだい!」と、正面切って言えなくなっているからではないか?
 僕たちは、みんな黙っている。昔から殆んどの人が黙っている。誰もが戦争なんかやりたくないのに、みんな黙ったままだったから、あのとき戦争になっちゃった。
 今だって、安倍さんも海江田さんも山口さんも志位さんも、そして僕たち国民の99.99%の人たちが、戦争なんか嫌だと思っている。それなのに、始終タイトロープの上を歩いているみたいに感じるのはなぜ? それは、多くの人の中に〝小さなこだわり〟があるからではありません?
 憲法を変えたいと思っている人も、原発を再稼働させたいと思っている人も、経済発展を願う人も、その誰もが「戦争なんかしたくない」と思っている。その一点では共通しているんですよね。
 だったら、みんながみんなで伊之助のように、「戦争なんか、おら、いやだい!」と叫んだらいいんじゃありません?
 昭和20年の3.18は、国民学校初等科を除く授業を原則中止し、全生徒・学生を食糧増産、軍需生産、防空防衛その他、直接決戦に必要な方面に総動員することを決めた日ですよ。
 国民皆兵。「とにかく戦え!」の一点張り。 その頃は「B29が来たら防空壕に隠れろ!」などと叫んでいたけど、今だったらどうです? 広島・長崎の何百倍。ボタン一つ押すだけのこと。武器輸出三原則もアベノミクスもありゃしませんよ。
 だから優先すべきは、みんなが口を開くことです。みんなで「戦争なんか、おら、いやだい!」と叫んだらいいのです。政党だとか思想だとかの小さな違いを乗り超えて、みんなが百回ずつ「戦争なんか、おら、いやだい!」と叫んだらいいのです。
 昭和19年の10.18は、「17歳以上の男子はすべて兵役につくこと」を決めた日です。今どきの女子高生は、一日平均6.4時間スマホやケイタイをやっているそうですが、その同世代の男の子たちが兵隊さんにされちゃった日ですよ。
 ああ、一日400トンもの汚染水が発生し、タンクの増設が間に合わないとされている中、しかも、その汚染水処理策がまったく施されていない中、原発を推進しようとしている人。何かにつけて戦闘的な物言いをする人。隣人との不仲を拡大させている人。その人たちの先頭に立つリーダーを、国民の50%以上の人が支持しているという不思議。今の日本は、かつて日本が戦争に突入する寸前だった時の状況とよく似ている─ということに、殆どの人が気づいていないという不思議。
 中学生と小学生と幼稚園児の孫を持つ僕は、こんなに危うい雰囲気を、とても心配しているんです。
だから、こんな状態がこの先も続くようなら、昭和19年に17歳以上の男子が兵隊さんにされた日である10月の18日が来たら、その午前10時あたりにでも、僕は近くの公園に行き「戦争なんか、おら、いやだい!」と、百回叫ぶことと致しましょう。
 どうです? あなたもやってみません? このブログ、何人の人が読んで下さっているのか知りません。もしかすると丹羽さん、尾留川さん、たからさん、ぐうさん、金亀さん、小夏さん、ふくねこさん、チワワのごまくん、それとあと何人かの誰かさん、加えて僕の娘たちぐらいかも知りません。でも、読まれた方の一人でも同調して、10月18日の午前10時に「戦争なんか、おら、いやだい!」と叫んで下されば、木霊となって幾人かの耳に届くかも…。一人だって叫べば木霊。一万人ならうねりの一波。十万人は民意の一つ。百万人なら平和が獲得できますもんね。かねこたかしは71歳。次代を気遣う季節なのです。
 このブログを読んで「10月18日に、百回はヤダけど一回ぐらい叫んでみるかね」と思われた方、一筆「やったるよ」とか書き込んで下さい。それが僕の安堵の一つになりますから。勿論発信名はご自由です。お好きに名乗って下さいな。
 そこで今日のひとしずく
『一人でも木霊は返る』