ひとしずく。その32

 僕らの仲人さんが亡くなり、そのお別れ会に出た。小さなホールの中央に故人が素顔で横たわり、坊さんも、お経も、線香も、蝋燭も無く、僕が遺言として書き残してある「エンディングのやり方」そのまま。「やっぱりこれだよ」と、僕は改めて思ったですな。その終末話はいずれ書くとして、きょうは亡くなった仲人さんの話。
 故人は職場でのかつての上司。僕はこの人から多くの教えを受け、多くの経験を積ませてもらった。教えとしては「カネと女に気をつけろ」「週に一度は酒を抜け」など。(そりゃあまあ、もっとちゃんとした教えも多々ありますけどね)。
 経験としては、二十歳そこそこで番組を持たせてもらったり、『モナリザ特番』や『アポロ特番』など社を挙げての特番を担当させてもらったり、竹下総理を始めとする政界トップとの内々の酒席にも同行させてもらったり…と諸々。
 高卒入社だった僕を大学に行かせたのもこの人。「授業優先。仕事はうまくサボれ。但し、人事には悟られるな」との言葉を付けてくれた。
 人情派だったこの人の涙を、僕は何度見たことか。酒が進むと、笑い、懐かしみ、そしてベトナムで、セスナ機で、科学実験に巻き込まれ…と、取材中に命を落とした部下たちを偲び、詫びながら泣いた。
 一方で僕はよく怒られた。書き上げた台本をツラ〜ッと読んで、ポイッと目前でゴミ箱に捨てられたり、「ばかやろーっ!」とモノを投げつけられたり…。
 時には僕も反論した。「面白くないから帰る!」と、捨て台詞を浴びせて会社を飛び出したことも何度かある。だが一夜明ければ青い空。健忘症のように新しい一日が始まった。
 87歳。森羅万象限り有り。残念だが、生命の理は受け入れるしかない。合掌。
 そこで今日のひとしずく
『人は一つの「生」という命を生む時、「死」という命も同時に生む。悲し』