ヘビの話

 散歩道の成仏ガエルやモグラなら、瞬時に跳び越えられるからいい。困るのは、くねっている大きくて長いヘビ。アオダイショウの親分格は最大二メートル。そこまで大きいのとはまだ遭遇していないけど、跳んだ先の着地点にまで潰れた頭が繋がっていることがある。長ければ長いほど肉もタップリだから二重に困る。多少救われるのは、今年出会う生きたヘビが少ないこと。ことによると増殖周期みたいなものがあるのかも知れない。
 少ないと言っても時節柄、ヘビに関する話題は多い。先日も、テルオさんが近所の家でテレビを見ていたら、画面の真ん中あたりにニョロリと長い奴が垂れて来たそうだ。
 別の家では、おばあちゃんが炬燵に足を入れたところ、温もったヘビが出て来たと言う。(この地区の炬燵は常備品。わが家でも、八月のお盆を過ぎたころには炬燵を出す。)
 チャコさんが利用している美容院では、洗濯しようと洗濯機の蓋を開けたところ、長いのが中でとぐろを巻いていたそうな。いつぞや、カエルを追ってヘビが矢のように宙を飛んだ話を書いたが、それは散歩仲間の平井さんの庭での話。「ここをピューッとね」と、平井さんが眼の高さを手で示したものだから、わが妻は「えーっ、こんな高さを!」と叫び、それを最後に自宅の庭の茂みにも、余程でないと入らなくなった。
 ある日、大堀さんの家の巣箱の上でシジュウガラが大騒ぎ。尋常ではない激しさに「どうしたの?」と巣箱を覗いた奥さんがドタマゲタ。ヤマカガシがとぐろを巻いていたのである。しかも、奥さんが孵るのを楽しみにしていたシジュウガラのタマゴが無い!
 憎い。いつもならターザンもどきに森を駆け回っているご主人が居て、「あなた!」と叫べば、「ほいよ」とばかり、必要な始末はサッサと付けてくれるのだが、この日は生憎留守。已むなく事務所に助けを求めた。
 さあ、押っ取り刀で駆けつけた事務所のおじさんはどうしたか? 那須には、宮廷の帝を病に陥れた妖怪狐伝説(九尾の狐)がある。この狐、那須野が原で火責めに遭うのだが、それを参考にしたのか事務所のおじさん、新聞紙を丸めて鳥の巣箱に放り込み、それにライターで火を付けた。新聞紙はメラメラ燃えて灰になり、これで一件落着と思ったのだが…。
 新聞紙の燃えがらを取り出そうとしたおじさんの顔に何かが触れた。それ、命果てたはずのヤマカガシ。奴は一本の矢となって、おじさんの頬を掠めて飛んだのだ。「おっ」と瞬時は怯んだおじさんだったが、そこは森に生きる野人のプライド。満身創痍のヘビを追い、棒打ちの刑で絶命させた。ヘビよ。熱かったろう。痛かったろう。成仏あれ。
 ヤマカガシは有毒種だ。奥歯の根もとにディベルノワ腺という毒腺を持っていて、深く噛まれると大変危険で死亡例もある。厄介なのは噛まれてもハブやマムシと違って、激しい痛みや腫れが来ないこと。だから、つい安心してしまうのだが、それは禁物。数十分後に化学反応が起こり、血小板が分解されるのだ。血液は凝固能力を失って、鼻血、血尿、血便、皮下出血、腎機能障害。最悪の場合、脳内出血へと進んでしまう。怖〜っ。
 ヘビの話はまだ続く。
 チャコさんが窓を開けたままにしていたら、近くのおばあさんが言ったそうな。「窓を開けっ放しとくとヒビ入るど」と。
「はあ?」
(窓を開けておくとヒビ? 空気乾燥で肌がひび割れするってこと? それとも、室内の壁にひびが入るってこと?)
 何度も訊き直したら、「ヒビ」とは「ヘビ」のことだった。すでに述べたように、ここでは容易にヘビが家宅侵入する。
 そのことで恐ろしい事件が起こった。わが家から二キロほどの家でのことだ。昔はどこの家でもよくあったことだが、その家でも、いたずらっ子を押入れに閉じ込めた。子どもは散々泣いたあと、疲れ果てて眠ってしまった。悲劇はそこで起こった。眠った子の口にヘビが入り込んでしまったのだ。「やけに静かだなあ」と、親が襖を開けてびっくり。わが子の口からヘビの尾っぽがチョロリと出ていた。手当も虚しく窒息死。悔やみ切れない惨事だった。
 ヘビだって必死に生きているんだろうけど、その姿がちょっとねえ。形体について、一度神さまに相談してみたらいい。