驚異のハバネロ

 ご近所さんが、収穫物のお裾分けを持って来てくれた。焼いて食べると良いという長とうがらし。生のままサラダにするのが良いというバナナピーマン。もう一つはオレンジ色をした丸いやつ。ピンポン玉ほどの大きさだが、「侮ってはいけませんぞ」と施しの主は言う。姿形は可憐なれど、辛さが半端でじゃないのだそうだ。名をハバネロと言う。
(ちょこざいな!)と僕は思った。僕は辛いものが大好きなのだ。独身の頃、かぶらほどもある生ニンニクを、一個丸ごと摩り下ろしたのをラーメンに入れ、汁一滴残さず食した経験を持つ。そのときは一週間もお腹が痛くて痛くて、泣き出したかったけどね。
 ニンニク料理専門店で食べた「アラビア風激辛チャーハン」は、友人たちがヒーヒー言うほど辛いものとは思えなかったが、翌日、下痢かと思ってトイレに行ったら、ジャージャー出たのが真っ赤な血だったのには驚いた。韓国でキムチを喰い漁って、再び下血に見舞われたときは、辛いものを食するとそうなるという道理を学んだ後だったので、もう驚いたりはしなかった。
 そんなわけで、僕には辛いものに対する実績がある。ハバネロ如き恐れるに足りぬ。(早速、酒の友としてくれるわ)とばかり、厨房に立って、ハバネロを利用した薬味作りに取り掛かった。
 まずピーマン二個を微塵に切り、バナナピーマン二個、茄子一個、ショウガ五カケも微塵にして、醤油と酢と焼酎に漬ける。これにハバネロ二個分も微塵にして加えればオーケーだ。
 …というわけでハバネロを切り始めたとき、友人から携帯に電話が入った。「はいはい…」と出て要件を聴いているうち、なぜか、ハバネロに触れていた右手の指が痛くなった。(何じゃろう?)と思っていると、今度は携帯を持つ左手の指と、その指が触れている左頬が痛くなった。僕は左利きだから、左手は包丁を握っていただけ。ハバネロには直接触れてはおらんですぞ。
(嘘だろう?)と訝りつつも、携帯を切ってから石鹸で手をよく洗い、作業再開前にちょっとオシッコ。もう一度石鹸で手を洗ってから、ハバネロ切りを再開したのだが、トントントンしているうちに、今度はオチンチンが痛くなった。電話のあと、石鹸で手を二度も洗ったはずですぜえ。その手で掴んだ竿なのに、おお、何たる強烈さ! 僕はハバネロに詫びた。「ハバネロさん、バカにしてごめんなさい」と。  そこからまた痛さを堪えて作業を続けた結果、天下無敵、最良の薬味が仕上がった。これを行きつけの寿司屋に持ち込んだら、馴染み客らが持ち帰り「旨い旨い」と大好評。「もっと作ってよ」のリクエストまで出る騒ぎ。まあ、それは置いといて…。
 後日、ハバネロ施しの主に「オチンチン事情」を話したら、「えっ、あれを素手で切ったの? えっ、普段使用している包丁とまな板で? だめだめ。あれはビニールの手袋をはめて、まな板は裏返し、包丁は普段使わないものを使用しなくちゃあ」だと。そんなことあなた、ハバネロを呉れるときに言うことでしょうが。そうでなくても粗末な小生の竿が、ますます縮んでしまったではないか。ブツブツ…。