おっかねえキノコ汁

「モノを貰うタイプ」だと以前書いたが、今も貰い続けている。先日もコンコンと玄関ドアを叩く音で出てみると、見覚えのないオッチャンがニコニコ立っていた。(はて、誰だっけ?)と戸惑っている僕に、「これ、食べてよ」とオッチャンは紙袋を差し出した。中を覗くとキュウリとカボチャ。
「あらまあ! これを僕に? わーっ立派じゃないですか! 艶もいいし、おいしそう!」なんぞと言いつつ時間を稼ぎ、頭の中では必死に記憶を手繰り寄せる。手繰って手繰って、ようやく(あっ、昨日散歩の途中で言葉を交わしたオッチャンだ!)と思い出し、ギリギリのところでセーフ。
 那須に居ると、こうした貰い方がよくある。有難いことではあるが、その都度流す冷汗三斗は寿命を縮める。頭がパカンと開くものなら、健忘化した古い部品を交換したい。
 今日は、近くでペンションを営む夫妻がやって来た。こちらは、すでに見知っている。
 その夫妻、僕がドアを開けるなり「これ見て下さいよ」と言った。差し出している袋の中味はキノコだった。これはプレゼントではない。森の中で見つけたキノコがお宝級だったらしく、嬉しくなって見せに来たのだ。
 彼が取り出したのは、毒々しい紅色をしたキノコ。
「これね、タマゴダケって言うの。毒キノコのベニテングダケによく似ているもんだから、折角見つけても採らない人が居てね。こっちにとっては、それが有難い」
「そんな毒っぽいのを、どうする気?」
「食べるんですよ」
 妻が聴き取れないほどの声で「よかった」と呟いた。プレゼントではなかったことに安堵しているのだ。僕だって、食べたら死ぬかも知れないものなんか欲しくない。だから喜色満面「ほら! どうです、立派でしょう!」と相槌を促されても、「ふ〜ん」と応じるのが精一杯。
「こっちはチダケ。これも、そう滅多に手に入らない優れものですよ」
「へ〜え、そうなんだ」
 この程度の反応に、夫妻は少々驚いた様子。何よりガッカリしたみたい。
「うわーっ! すげーっ! こんな立派なやつ見たことないよ! へーっ感激!」ぐらいのことを言って欲しかったらしい。
「すぐそこの森で見つけたんですよ。こんなデカイのが、そこの森にですよ。とにかくね、価値ある優れものなの。いや、ほんとなんですって」
「嘘だなんて言ってませんよ」 
 堪らず夫人が横合いから口を挟んだ。
「こう見えても、どちらも天下のマツタケより高価なんですからね」
 懸命に高揚を煽ってくれたが、僕たちの口から出るのは「そうなんだ」とか「お高いんですね」ぐらいのもの。
 先方様ご夫妻の落胆ぶりはいかばかりか。顔を見合わせ(嗚呼、こんな人たちに見せに来るんじゃなかった)─という後悔の念を確認し合っている感じ。お生憎さま。
 だけど、このままでは気の毒過ぎるかなあ。わざわざ見せに来たんだし…。
 そう思った僕は、興味の欠けらぐらい示してあげることにした。彼が持っていた、もう一つの袋の中味について尋ねてあげることにしたのだ。
「そっちには何が入っているの?」
「ああ、これね」
 彼は瞬時に気を取り直した。袋の中味を取り出して見せる。
「ほら、これもキノコ。ねっ、これも美味しそうでしょう? 同じ処で見つけたんですよ」
「名前は?」
「それが判んないんですよ」
「えっ?」
「帰ってから図鑑で調べようと思ってね。この間は、よく調べもしないで食べちゃったから、毒に当たって参りましたよ」
「なぬ!」
「大丈夫。腹痛と下痢だけでしたから。それよりタマゴダケとチダケですよ。これは絶品。あとで寄って下さい。美味しいキノコ汁をご馳走しますから。待ってますからね。じゃあ、あとでね」
 夫妻は笑顔で去って行ったが、僕と妻は小田和正じゃないけれど、言葉にならない。
 くわばらくわばら。この世の中、急いじゃダメ! 健康一番。明日も元気で居て下さいよ。